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    2017-08

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    シュプリッツァーとスプリッツァ - 2012.02.13 Mon

     オーストリアなどヨーロッパで愛飲されているワインと炭酸の飲み物シュプリッツァーをかつてご紹介しました。hagitani.blog51.fc2.com/blog-entry-193.html
    知人の経営するレストランで供したところ、「女子会でよく出る」と好評なうえ、昨年暮れには某有名レストラン雑誌に「2012年に流行する」と書かれていたのですが、どうやら、こんなことも背景にあったのかなと思わせるできごとがありました。

    2月8日、キリンディスティラリー社がWineSpritzer(ワインスプリッツァ・白)という新商品を発売したのです。「来た来た」とばかりに、我が家で飲んでもらった友人などにお知らせしました。私も、「飲んでみなけりゃね」と近くのスーパーでプロモーション価格108円也を購入して飲んでみました。

    キリン 

    感想は・・・・・・。シュプリッツァーとスプリッツァはどうやら別種の飲み物のようです。オーストリアでは、シュプリッツァーの成分構成は法律で決まっています。Laut § 4 der Weingesetz-Bezeichnungsverordnung ist ein G'spritzter (auch Gespritzter, Spritzer) ein Getränk, das aus mindestens 50 Prozent Wein und höchstens 50 Prozent Soda- oder Mineralwasser besteht. いわく、50%以上のワインと50%以下の炭酸水で作らなければシュプリッツァーとしてワインリストに載せてはならないのです。キリンの製品の原材料はワイン、ウォッカ(!)、糖類、酸味料、香料、チャ抽出物とあります。ワインを単純に炭酸水で割った本場ものとはちがい、キリンのこの商品はいわゆる「〇〇サワー」の一種と思えばよいでしょう。学生や若い人のコンパには向いているかもしれません。

    「シュプリッツァーとスプリッツァは別物か」などと思っていたら、こんなことを思い出しました。30年前のドイツで、でした。当時のドイツでは、フランスやベルギーのビールを「ビール」として売ることはできませんでした。理由は法律それも16 世紀のバイエルン公国の法律です。「ビールはホップと麦芽と水のみでつくること」。これが現代ドイツまで受けつがれてきていました。たまたまチャンネルを合わせた公営テレビの「Pro und Kontra(賛成、反対)のテーマがこの「ビール純粋令」(Reinheitsgebot)は非関税障壁ではないか、というものでした。

    kronen 
    ドイツ語のフランス語表記の商標

    コーンやコメを原料に加えているベルギーやフランスのビールが槍玉に上がる中で、フランスはアルザスのストラスブールの大ビール会社クローネンブルグKronenbourgの当主が出てきて、言ったものです。「私たちは17世紀からビールをつくっていますし、私たちの製品はビールです」。クローネンブルグが創業した1664年、ストラスブールが神聖ローマ帝国の帝国自由都市、すなわちドイツでした。このファミリーはフランス国民になってもドイツ起源の誇りをもってビールをつくってきました。古くメソポタミアを起源とするビールはいまや世界中で醸造されています。ドイツ語圏に7年暮らし、ケルンのケルシュ・ビールを一番好む私ですが、ドイツビールは日本では重く感じます。一般論でいえば、「ビールは地元のものが一番美味しい」と思います。ドイツではドイツビール、フィリピンならサンミゲル、イスラエルならマカベ、韓国ならOB、沖縄だったらオリオン・・・。やっぱり、それぞれ風土にあうように開発された地元のものが一番なのです。

    macabee 
    マカベ・ビール

    さて、キリンが日本人向けに開発したスプリッツァはどうでしょうか? 私の感じでは、ワインの香りがほとんどせず、代わりに金木犀のような香料の香りが前に出たところで、シュプリッツァーとスプリッツァの違いは「ドイツビール」と「その他のビール」の差よりも大きいような気がしました。

    私は、やっぱりワインと炭酸水だけで行きます。ワインは赤です。





    中国は脅威か? - 2012.01.26 Thu

    十数年前のことです。私が朝日新聞のボン特派員だったころ、官庁街で旧知のドイツ外交官に会いました。中国屋でもある彼の質問は
    「日本にとって中国は脅威か?」でした。
    そのときの私の答えは、概略、
    「日本は有史以来、中国を侵略的な勢力と見たことはあまりない。13世紀の元寇はモンゴル王朝だった。日本は文字を始めとする文化を中国に負うている。戦前まで、日本の旧エリートは中国文化の影響下で育っているから、中国を武の国としてより、文の国と見ており、日清戦争当時をのぞいて中国を脅威と感じては来なかった。しかし、戦後のアメリカによる民主化の中で育ったこれからのエリートは別だ。アメリカの影響を受けて現実主義的に国際政治を解釈する新しいエリートが台頭するようになれば、日本の中国に対する見方が変わり、中国を脅威として見るようになるだろう」というものでした。

    21世紀に入り、改革開放の中国が経済的に急発展し、東シナ海、南シナ海で自己主張をするようになったいま改めて考えると、当時の私の考えは事態の半分しか見ていなかったという感があります。すなわち、中国の発展というダイナミックな展開を軽視していたのです。仮に日本の中国観が、私の考えた旧エリート的なものにとどまっていたとしても、最近の中国の急発展に伴う強烈な自己主張は、それだけで「脅威」としての現実性を強めていると考えざるをえないようです。

    その外的な現れは中国の軍拡であり、内的な現れは、中国国内で強まっている内圧に起因する膨張指向だと私は考えます。内圧は猛烈な競争社会になったことによるもので、前2回の「2歳女児ひき逃げ、見殺し事件」でふれましたので、きょうは外的な問題について考えてみます。

    1月1日の産経新聞のwebに興味深い記事が掲載されました。「防衛オフレコ放談」というコラムで、「日米安保破棄 公然と語られ始めた危機に処方箋はあるか」という刺激的なタイトルです。要約すると、「日本とりわけ沖縄が中国の弾道ミサイルの射程内に入ることで、米国にとって、日本が前進拠点としての安全性と効果すなわち米国にとっての日本の安全保障、世界戦略上の価値を失いつつある」ということです。「放談」と銘打っていますし、産経新聞も本紙に掲載しないという点での留保はあるのですが、こうした補助線を引いてみると頭の体操にはなります。

    この背景にあるのは、技術の進歩によるグローバル化は、軍事の面では経済や政治以上に進んでいるという現実です。有史以来たとえ中国が地球一の帝国であったときでも、海を隔てていただけで、中国の軍事力は日本にとって脅威ではありませんでした。しかし、第二次世界大戦後、とりわけ冷戦終結後、軍事技術が急速に進歩し、中国にそれを装備できる経済力が備わったことによって、事態は一変しました。中国の意図はともかく、目の前に隠しようもなく、あからさまに存在するようになった強大な軍事力は、それだけで客観的脅威です。これに「防衛オフレコ放談」の補助線を加えてみると、「中国の軍拡が進む中で、仮に日本周辺が戦場になるような事態に立ち至ったとき、アメリカが自国の本土に中国の大陸間弾道弾の雨を浴びることを覚悟してまで、日本やその周辺の友好国を守るか?」という疑問が成り立つことになります。

    この疑問は、1980年代の欧州中距離核ミサイル(INF)問題を想起させます。東西冷戦の最前線国家であった当時の東西両ドイツでのもっとも深刻な問題は、米ソの冷戦が熱戦に進展した場合、米ソが欧州だけを戦場に中距離核ミサイルを撃ちあうだけで戦争が終わるというシナリオでした。相互確証破壊(MAD)を回避して米ソは大陸間弾道弾を撃ちあわず、米ソ双方の本土は保全されるが、欧州とりわけドイツは核の焦土Euroshima(オイロシマ ヨーロッパとヒロシマの合成語)になるという恐怖でした。この結果、ヨーロッパを反核平和運動が席巻したのですが、歴史は幸いにその方向には進みませんでした。米ソは長い交渉の結果、相互に中距離核ミサイルを廃棄しただけでなく、ソ連自体が消滅したため、核の焦土化の前提が消えてしまったからです。

    それでも、ヨーロッパから核兵器は消えていません。北大西洋条約機構(NATO)もロシアも依然として抑止力として核は削減しても、維持しています。「核廃絶をめざす」と述べたオバマ米大統領のプラハ演説も「近い将来、それが実現するとは思わない」との留保がついていました。

    ヨーロッパに比べると、東アジアの安全保障状況はもっと原始的です。中国は自国の核は「自衛目的」であり、先制不使用と、非核兵器保有国に核兵器を使用しないこと、核兵器による威嚇を行わないことを約束していますが、その一方で中国は核兵器の近代化を進めており、東アジアには具体的な核軍縮交渉の枠組みは存在しません。

    1月25日付の朝日新聞朝刊3面の「中国軍解剖」シリーズ「南シナ海聖域化せよ」は現実に進行している中国の軍拡を赤裸々に描いています。21世紀のいま、熱戦が近い将来に起きると考えるのは非現実的かもしれませんが、軍事が外交や権益拡大の裏打ちになるという現実には変わりはありません。米欧日が経済危機に瀕し、基礎体力を失いつつあるいま、中国をどう見るか、そして日本がアジア太平洋地域で安全と平和そして私たちの基本的価値をどう守っていくかという大戦略を考える必要は日増しに大きくなっていきます。
     

    王悦ちゃん見殺し事件 中国的競争社会 - 2012.01.09 Mon

    多くの人が「人助けをすると、損をする」と考え、「自分の子どもさえ守ればよい」と、わが子を守れなかった王悦ちゃんの両親を暗に非難さえしました。とはいえ、彼らも「人助けをしない自分」にやましさを感じているのは明らかでした。いったいどうしてこんなことになったのでしょうか? 

    早朝から、深夜まで中国の南半分を飛行機や高速鉄道を使って神風取材をしながら私は考え込みました。そのヒントを得たのは昨年7月の高速鉄道衝突脱線事故のその後を取材に行った浙江省温州で、でした。高速鉄道事故のその後は、1月6日にやはりテレビ朝日「スーパーJチャンネル」で放送しました。

    鉄道 


    いま温州の事故現場には何も起きなかったかのごとくです。慰霊碑が建てられたわけでもありません。むしろ「なかったこと」のようにさえ思える現状です。中国政府は年末に事項調査報告書をまとめましたが、原因究明は日本人の感覚からいえば、不十分です。高速鉄道に乗ってみると、中国人乗客は何もなかったかのように乗っています。温州は日本人にも温州みかんの名で知られる古くからの商業都市です。主要な輸出品は靴類、衣類、めがね、家具、革製品とか。たしかに驚くほどたくさんの靴製造会社がありました。しかし、目を奪ったのは温州の空港から市内へ向かう幹線道路を走っているときに見た光景です。信じがたいほどの数の工事現場。北京、上海の建設ラッシュのころは、それでも、すでに完成した都市構造、手付かずの広い地域がありましたが、温州では町の大部分が土木工事現場のようなすさまじさです。そのほとんどが高層マンションです。そして、すでに完成したと見られるもののほとんどがまだ空き家なのです。果たしてこれらのマンションが未入居のままになったら? それは中国の建設バブル、住宅バブルの崩壊です。中国人の成長の夢が崩壊するだけでなく、世界経済にも巨大な負担を負わせることにもなるでしょう。それでも、中国は突っ走るのです。

    建設現場 


    私が今回見た仏山、温州という地方都市は中国の行政単位としては「地級市」に分類されます。22の省、5つの自治区、4つの直轄市という最上層の行政区画と県、県級市という第三層に分類される行政区画の間に位づけられる地方都市です。地方都市といっても人口は数百万人あります。改革開放と経済膨張はいまや、上海や広州という超大都市だけでなく、「地級市」と呼ばれる地方都市に広がっているのです。それを示すなによりの証拠が高速鉄道網です。高速鉄道は北京、上海、広州といった超大都市を結ぶのに加え、省都級の都市、さらには地級市を結ぶ役割を果たしています。ジャーナリストの莫邦富さんのブログが書いているように、いまや経済発展はこうした地級市が主戦場となっているのです。ここでのヒト、モノ、カネの流れをスムーズかつスピードアップしなければ、13億人の中国人に先に豊かになった人の豊かさを押し広げるという小平のフィクションが崩壊し、経済成長そのものが挫折してしまいます。「成長を続け、それを地域的、階層的に拡大する」ことが中国共産党の支配の正当性となった以上、もうどうにもとまりません。仏山の巨大な問屋街、温州の建設ラッシュは、後ろを振り返らずに競争に勝ち抜いてとにかく前進するしかない中国経済の象徴でした。

    chizu  

    一方、これを中国人ひとりひとりから見るとどういうことなのでしょうか。キーワードは「競争社会」だと考えます。実は、中国人が本格的な競争社会にさらされたのはほんの最近、つまり改革開放以降なのです。中国5000年の歴史を通じて、王朝支配の時代には、ほんの一握りのエリートには官吏登用試験の科挙など世界有数の厳しい競争がありましたが、庶民はそれには無縁でした。辛亥革命を経て中国共産党支配になっても競争が一部の党周辺のエリートに限られていたのは同じです。いや、それどころか、文化大革命は競争否定のユートピア的平等主義のイデオロギーさえ持っていました。それが、小平によって一転、13億の民がすべて突然すさまじい競争のスタートラインに並ばされたのが改革開放です。

    小平 
    1978年、日本を訪問し、東海道新幹線に乗った小平氏
    「後ろから、だれかが鞭を持って、私を駆り立てているみたいだ」といった。


    競争社会は日本でも同じだと考える方もいるでしょう。しかし、現代中国の競争社会は2つの点で日本のそれよりもはるかに過酷です。日本でも、明治維新によって競争社会が始まったのですが、全国民を巻き込む本格的な競争社会が始まったのは敗戦後です。戦前の日本はゆっくりとした競争社会の助走期間とも考えられます。加えて、日本が競争社会に入ったころは経済のグローバル化はいまと比べればゆっくり進んでいました。しかし、中国が競争社会に突入したこの四半世紀というものは、経済発展の速度は比べものにならないほど急速です。まさに「ドッグイヤー」なのです。突然競争に参加しなければならなくなった13億の民。おまけに、豊かさの面でも、社会的地位の面でも、いま浮かび上がらなければ、将来回復が不可能なほどに、社会全体の発展速度が早いのです。スタートラインから我勝ちに走り出しているのです。転ぶものも出てきます。でも、転んだ人にかまっていたら、自分が損をします。自分だけではない。一家眷属、子々孫々までハンディを背負うことになってしまうかもしれないとしたら、なおさら人助けなどに、かかずらってはいられないでしょう。日本で受験競争が熾烈を極めたころの、いわゆる教育ママのメンタリティに近いものがあります。しかし、大きく違うのはその競争のスケールと程度の甚だしさです。「王悦ちゃん見殺し事件」はこうした社会風潮の中で起きました。


     

    人助けをすると損をする 中国社会のひずみ - 2012.01.07 Sat

     年末に中国を訪れました。前回訪れたのは北京オリンピックの以前の2004年ですから、もう8年前です。必ずいわれたのは「中国は1年たったらまったく変貌する。どんどんあなたの知っている中国ではなくなっていきますよ」ということでした。2004年は北京オリンピックと上海APECを控えた再開発ブームの真っ最中。北京では胡同が壊されていくのを惜しみ、上海では、周辺の古い住宅地がすべて取り壊された中にポツンと残された道観(道教のお寺)を訪れ、悲しい思いをしたものです。子どものころから、西遊記や三国志を通じて中国の歴史、文化に親しみ、道教やチベット仏教そして京劇のファンだった私には、東アジアの文化の源泉である中国の(私にとっての)よき面が失われていくのは残念なことでした。

    道観 道観内部 
    上海の白雲観 ポツンと残されていたこの道観はのちに、移築されきれいにされたとのことです。
    しかし、コミュニティとのつながりはどうなったのでしょうか?


    しかし、それは遠く離れ、あまり直接の関わりのない異国人の勝手な感傷です。改革解放以前の貧しかった中国人が、私たちが豊かで安全な生活をめざして努力してきたのと同様に、「坂の上の雲」をめざすことを悲しむのも身勝手というものです。他方、中国が日本を追い越して世界第2の経済大国になったいま、中国の急成長を無条件で祝福し、歓迎できるかというと、そうでもなくなってきた感じがします。年末にテレビ朝日「スーパーJチャンネル」の取材で、北京、上海以外のこれまで足を踏み入れたことのない都市を訪れて、痛切に感じました。

    それは昨年10月13日に起き、世界を驚かせた「2歳女児ひき逃げ見殺し事件」の取材で行った仏山です。車にひかれ、路上に血だらけになって倒れた2歳の女の子・王悦ちゃんを、もう一台の車がひき逃げし、王悦ちゃんのそばを18人もの人が助けもせずに通りすぎた衝撃的なできごとです。事件はyoutubeで世界に広がりました。「なぜこんなことがおきたのだろうか?」。日本での反応は大きく二つに別れていたようです。「経済成長のひずみの結果だ」という見方と、中国嫌いの人々の「やっぱり中国人は!」というものでした。後者の中国嫌いの人の反応はあまり真剣に追及する価値はなさそうです。一方、「経済成長のひずみ」とはいったいどういうことなのか? この疑問が中国取材の動機でした。そして。この取材でその疑問に答える糸口のひとつを見つけることができたような気がしました。




    仏山の事件現場は巨大な金属製品の問屋街です。その巨大さはたとえようもありません。仏山の問屋街に比べると、秋葉原の電気街は猫の額のようなものです。広州市の隣にあり、人口1000万人の広州市と連星のような関係にある人口600万人の仏山市は改革開放の中心である広州や深曙Vを商圏にするのみにとどまらず、長江以南の広大な地域の工業を支える問屋街だそうです。問屋街で働く人びとのほとんどは仏山育ちではなく、中国各地からの出稼ぎです。広東省の珠江デルタのまん真ん中なのに、人びとは本来の地元の言葉である広東語ではなく共通語である普通語で会話をします。共通語でないと意思が疎通できないほど地縁血縁が薄いのです。問屋街というと日本人は昔からの人々の濃いつながりを想定しますが、改革開放以後にできた仏山の問屋街にはそうしたミュニティはなく、人のつながりがまったく希薄なのです。でも、人のつながりが希薄になったのは中国だけではありません。それだけでは「助けなかった理由」はわかりません。

    見殺しにした人たちをはじめ、近隣の人々を取材するうちに、だれもがあげる「助けなかった理由」に行き当たりました。ときは2006年。仏山から遠く離れた南京でそれはおきました。停留所でバスからおりるとき、転んで骨折した65歳の女性を助け起こし、病院に連れていった27歳の男性が逆に加害者として訴えられ、中国としては巨額の損害賠償を払わされたという事件です。裁判所の判決の理由は「そんなこと(助けること)は普通しない。助けたのは男性にやましいところがあったからに違いない」という信じがたいものでした。

    急遽南京に飛び、取材してみると、「人助けをした人が逆に訴えられる」という事件が南京だけでなく、中国各地で多発していることがわかりました。仏山で、南京で、王悦ちゃん事件に関わりのない人たちをふくめて「助けたいのはやまやまだけど、そんなことをして自分に災難が降りかかってきてはかなわない」と口をそろえたのはこのためでした。

    地図 
    人助けをした人が逆に訴えられる事件が各地で起きた

    王悦ちゃんの場合は、19人目に通りかかった廃品回収の女性が王悦ちゃんを助け起こし、母親を呼びました。この女性には失われた「人の心」があったのです。しかし、8 日後に亡くなった王悦ちゃんの両親とこの女性にその後起こったのは「この町にいられなくなる」というこれまた信じがたいでできごとでした。地元のテレビが事件を報道すると、ひき逃げをした2台の車の運転手は逮捕され、処罰されました。ところが、両親と助けた女性には、ネットや匿名の電話で「カネ目当てなんだろう」という非難・中傷が殺到したというのです。私たちのスタッフは助けた女性の携帯電話番号を入手し、息子さんの話を聞くことはできましたが、ついに、「人の心を持った」この女性の話を聞くことはできませんでした。

    取材をした多くの人が「人助けをすると、損をする」と考えるばかりか、「自分の子どもさえ守ればよい」と、我が子を守れなかった王悦ちゃんの両親を暗に非難するのでした。(つづく)




    清明上河図 中国文化外交の威力 - 2012.01.05 Thu

     東京国立博物館の特別展「北京故宮博物院200選」を見てきました。初めて国外で展示された「清明上河図」(張択端)を見るためです。「清明上河図」は、北宋の都・開封(かいほう)=現在の河南省開封市=の光景を描いたもので、北京故宮博物館随一の「神品」といわれる大作です。詳しくは www.kokyu200.jp/をごらんください。

    2008年の北京オリンピックで北京の町が様変わりする前に故宮博物院とりわけ「清明上河図」を見ておきたいと思い、3回北京に行き、故宮博物院をなめるように見たのですが、これまで「清明上河図」には対面できませんでした。北京でもたまにしか展示されないものですから、私ごときの都合に合わせてくれるわけもありません。半ばあきらめていました。ところが、「北京故宮博物院200選」の開催直前に出品が決まったとかで、「これは行かないわけにはいかない」と思い、足を運びました。

    故宮 

    このような「清明上河図」ですから、この作品だけの観覧待ちの長蛇の行列ができています。最後尾に並んだ昼過ぎには「待ち時間210分」のプラカードが。日頃、レストランであれ、何であれ行列がきらいな私ですが、「清明上河図」だけは腰が痛くなるのもなんのその、まったく苦に思わず、素直に待ちました。幸い実際に待ったのは70分程度。こうした展覧会に多い高齢の方々もたいへん行儀よくお待ちでした。

    いよいよ長さ6~7メートルの大作の前に来ると、ガードマンが「立ち止まらないでください」と声をからします。ですから、落ち着いて鑑賞とはいきません。でも、見られるだけでもありがたいと、いつになく私も謙虚です。図録などで見てはいたのですが、殷賑を極めた開封の町が細密に描かれたさまは、ただただ感動するのみです。70分待ちもむだではありませんでした。

    12巻のうち、2巻が出品された「康煕帝南巡図」は彩色もまだ鮮やかです。12月に取材に行った南京が描かれています。テレビ朝日「スーパーJチャンネル」で12月23日にオンエアした「2歳女児ひき逃げ見殺し事件」の中で私が立ちレポをした「水西門」界隈もありますので、ひときわ興味深いものでした。そのほかもいずれも名品です。なかでも刺繍は目を奪います。「刺繍三羊開泰図」の色彩と細密さは圧巻です。乾隆帝の装束「孔雀翎地真珠珊瑚雲龍文刺繡」はその豪華さ。上海に行ったときに手に入れた蘇州の上等な刺繍(↓)でおなじみではありましたが、本物のすごさはまた別格です。

    刺繍2 
    現代の蘇州刺繍による帝衣

    私たち日本人にとって、中国の文化は長くあこがれの的でした。延々長蛇の列をものともしない高齢者の方たちも、こうした日本の伝統の中で生きてきた人々ですから、すなおに感動していたと思います。神品の「清明上河図」の出品が急遽決まったということが主催者のセールストークでなく、事実だとしたら、最近顕著になった中国包囲網を意識した中国の「パンダ外交」ならぬ「清明上河図外交」か?と勘ぐらせるところがありますが、いずれにせよ、日中国交回復40年という節目に芸術・文化という中国のもっともすばらしい面を見せてくれていることはまちがいありません。尖閣諸島や南シナ海をしばし忘れさせることができるとは、芸術外交の威力は大したものです。

    国立博物館の展示のしかたも上質でした。でも、ひとつだけ混乱がみられました。「清明上河図」が展示されている部屋では、長時間待って絵を間近で見る人の列と、前の展示室から次の展示室に移動する人の列が並行して設けられています。たしかに、「清明上河図」の前に巨大な渋滞ができるのを避けるためにはよい方法ですが、2つのルートの動線が何か所かで交差しています。このため、同じ部屋の中の「清明上河図」から離れた通路を通って、階段ホールまで行って長い列の後ろに並ぶというシステムがわかりにくく、鑑賞客が戸惑っていました。たまに、この混乱を利用し、ズルをして紛れ込もうとする不届き者もいてスタッフがてんてこ舞いなのがかわいそうでした。主催者にはもう少しアタマを使ってもらいたいと思いました。




    後ろ向きの一日 レコードを洗う - 2012.01.02 Mon

     新年2日目は穏やかな日でした。二階の窓からは富士山が見えます。元日のマリス・ヤンソンス+ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの余韻で、いささか追憶の一日を過ごしました。

    マリス・ヤンソンスはアルヴィド・ヤンソンスの息子です。父アルヴィドはラトヴィア人の指揮者で(昨日、マリスをロシア人と書いたのは誤りです)、1960年代によく来日し、東京交響楽団などを指揮したのをテレビでよく見ていました。息子マリスはいまやスター指揮者で、CDなどではおなじみですが、1990年代のはじめに朝日新聞の特派員として駐在したウィーンの思い出とアルヴィドの思い出があいまってノスタルジアをかき立てられたのです。

    Arvid 
    父アルヴィド・ヤンソンスのレコード

    ニューイヤーコンサートの演目だったツィーラーの「ウィーンの市民(Wiener Bürger)から、この曲が入っているハンス・クナッパーツブッシュのレコードを聞きたくなりました。「ウィーンの休日」という1975年の日本のロンドン盤です。このレコードにはクナッパーツブッシュの秀品といわれるカレル・コムザークの「バーデン娘(Badner Mädln)」が入っています。「バーデン娘」は1960年代はじめごろ、フジテレビが放送していた午後の映画劇場のテーマに使われた曲ですから、このyoutubeを聴いてみれば、覚えている方もいるでしょう(ただし、高年者のみ)。
    www.youtube.com/watch

    クナ 
    クナッパーツブッシュの「ウィーンの休日」
    日本ロンドン GT9036

    何十回と聴いて、レコードはほこりだらけです。最近仕入れたVPIのレコードクリーナーでクリーニング。そうそう、もうひとつ、1980年代のはじめにドイツ・ケルンにいたころ予備として購入していたドイツTELDECのレコードも洗います。洗浄液にイソプロピルアルコールを使うので、冬の閉めきった部屋で使うと頭が痛くなってきますから、2枚が限度です。この種のレコードクリーナーにも思い出があります。20代のころ住んだ長野市に、「トーチク・ミジック」というよいレコード屋さんがありました。音楽好きの店員さん2人と仲良くなってよく通いました。7~8年前に残念ながらこのお店はつぶれてしまいました。このお店が当時この種のレコードクリーナーを備えていたのです。VPIと違ってたぶんKeith Monksというもっと値の張るものでしたが、この効果は抜群でした。老い先も短いことだし、せめてレコードを気持ちよく聞きたいとVPIのクリーナーを入手しました。VPIのクリーナーも値が張りますが、並行輸入品は正規輸入品の半額でした。

    VPI 
    VPI HW-16.5

    効果は抜群です。すり減った日本ロンドン盤は多少厳しい。でも、あまり聴いていなかった独TELDEC盤は新品同様になりました。使っている装置は前にも書きましたが、35年前のプレーヤーとTANNOYのスピーカーです。ひとつ変わったのは、アンプ。35年前のaccuphaseがさすがにあやしくなったので、日本のTriodeという新進メーカーの三極管A級アンプTRV-A300SERに交換しました。このシステムが醸しだす音は、まさに古き良きウィーンの雰囲気です。

    Liliput 
    プラーターのリリパット鉄道

    子ども時代から想像していたウィーン。現実に住むこともできました。ユーゴ内戦、北朝鮮の核疑惑と仕事は忙しかった中、たまの休日に幼い3人の子と通ったプラーターの公園と遊園地。映画「第三の男」の大観覧車はもちろん、ニューイヤーコンサートにも出てきた全長3キロもあるミニ鉄道リリパットは子どもたちのお気に入りでした。中には「白鳥の騎士」というアトラクションもありました。全長30メートルぐらい、幅1メートルぐらいの楕円形の水路を長さ1メートルぐらいの木造の粗末な白鳥のかたちをしたボートが人に引かれて回るだけの単純このうえないものですが、当時5歳だった次男がお気に入りで、毎回それに乗っていたものです。そんな20年前の思い出にひたって、お化粧を直した「バーデン娘」を堪能しました。レコードのタイトルも「ウィーンの休日」ですから。

    バーデン娘 
    クナッパーツブッシュとウィーン・フィル
    独TELDEC 6.41767AH

    一方、便利な世の中になったものです。カレル・コムザークとはどんな音楽家だったのか、wikipediaをひけばすぐにわかります。クナッパーツブッシュについてもです。昔は、レコードジャケットの裏面解説だけが頼り。でも、輸入盤の裏面解説を理解したくて、高校時代に一生懸命ドイツ語を勉強した甲斐がありました。レコードから聴こえる音に現実を忘れることもできましたし、レコードジャケットの裏面解説とあわせて想像を飛躍させることができたのも、文字と音だけだったテレビ時代以前の世代の特権だったような気がします。

    そんなこんなで、日が落ちていこうとしています。さて、今夜は原稿書きで「書き初め」です。



    明けましておめとうございます - 2012.01.01 Sun

     明けましておめでとうございます。

    みなさまは、どのような新年を迎えられたでしょうか?

    私の年越しは、地味でした。
    大晦日には、テレビ東京の年末恒例の番組「年忘れ にっぽんの歌」(www.tv-tokyo.co.jp/toshiwasure/)の生中継を見に行きました。スタッフに知り合いがいたので、入場券をいただいたのです。これで、二度目ですが、一緒に行った長男の「年末の各局の音楽番組の中で、出場歌手の平均歌唱力の一番高い番組」という評価が納得いく内容でした。テレビでは、音声がミキシングされて聴きやすくなっていますが、会場のPAから聴こえるのは「素材」の音声です。名人上手の大御所の声が聴き取れないということもあるのです。つまり大御所も年のせいか、声があまり出なくなっているのですね。番組では音を調整してくれますから、聴き取れるのですが。でも、それはそれでお互い過ごしてきた年月のせいということですなおに受け入れられました。

    私の席のすぐ後ろには、熱烈な畠山みどりファンが。畠山さんがステージに姿を現すと「みどりチャーン!」「みどりチャーン!」と大声で声援をおくります。これも、大変微笑ましく、4時間半、83曲をたっぷり楽しみました。八代亜紀は見事。香田晋は達者。大川栄策は地味に上手でした。裕次郎のナンバーをカバーした歌手がほんものより歌が上手なのもご愛嬌でした。

    明けて元日は、墓参りに行く途中の車の中で、午後2時過ぎの地震を経験しました。もういい加減にしてほしいとどななたも思われたでしょう。私もです。墓参のあとは三軒茶屋をブラブラ。でも、初めての買い物はドン・キホーテで犬の餌、そしてユニクロで初買いと極めて地味な消費生活スタートです。帰宅してウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの衛星中継。ロシア人指揮者のマリス・ヤンソンスは、チャイコフスキーを合間に入れて気分転換をはかる新機軸でしたが、とても感じのよいできでした。

    地震を除けば、まずは穏やかな年明けです。

    東日本大震災と原発自己の被災者の方々、そしてみなさまにとって、ことしがよい年になるよう願いつつことしのスタートです。


    野田首相の大きな一歩 - 2011.11.20 Sun

    野田佳彦首相はどうやら、かなり大きな一歩を踏み出したようです。民主党内の対立が解消されないまま、野田首相は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加に向けての関係国との協議開始を明らかにしました。国内では、「これは交渉参加の意味だ」とか「あくまでも交渉参加を前提としたものではない」とか、ちまちました解釈がかまびすしく論じられましたが、首相がホノルルのアジア太平洋経済協力(APEC)、バリ島の東アジア首脳会議(EAS)と、アジア太平洋地域の重要な会議を2つこなす間に、アジア太平洋の権力政治は大きく変容しました。

    ●米中角逐の中で

    その最大の動きは、米中の角逐です。これは、南シナ海の領有権をめぐる中の強硬姿勢と、中国の西太平洋でのプレゼンスの増大に対する米国の懸念の衝突に現れています。

    ●進む中国の海洋戦略

    列島
     
                                     Wikipediaより

    中国は日の出の勢いの経済力を背景に、海軍を中心とする軍備を拡張し、日本との間の尖閣列島領有権をめぐる争いの一方で、南シナ海での、スプラトリー諸島、パラセル諸島をめぐる東南アジア諸国連合(ASEAN)に属する国々との領有権紛争では、圧倒的な軍事力をときにちらつかせる砲艦外交で既成事実を積み重ねてきました。また、空母建造を軸とした遠洋作戦能力、またアメリカの空母タスクフォースを意識した長距離の地対艦ミサイル整備は、中国のいう「第一列島線」(九州を起点に、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にいたるライン)の内側へのアメリカの軍事力のアクセスを許さない戦略の手段です。

    ●対する「航行の自由」派

    南シナ海での領有権紛争で中国は「二国間解決」を主張してきました。要するに「サシで話をつけよう」ということです。中国と相手国の国力の違いをみれば、どういうことかはわかります。これに対し、ASEANに属する相手国は「公海上の航行の自由」という国際法の考え方を使って域外のパワーの関与=支援を求めていました。助けとして期待されるのは、第一にアメリカ、そして日本、韓国です。いずれも、民主主義を信奉する通商国家ですから、「航行の自由」を尊重する国家ですが、これまで、明確な後押しにまでは至りませんでした。

    ●東アジアサミット宣言は「国際法の尊重」うたう

    それが、19日の東アジアサミットでは、南シナ海問題について、ほとんどの首脳が言及し、「海洋に関する国際法が地域の平和と安定の維持のために必須の規範を含むと認識する」ことなどを盛り込んだ宣言を採択しました。これはASEANの求めてきた「海洋安保」の考え方です。正面から「航行の自由」をうたわなかったのは、ASEAN側の中国に対する遠慮の表現だったようです。これに対し、中国は「どんな口実があっても、外部の勢力は介入すべきではない」と暗にアメリカを批判するにとどまりました。

    ●「日米安保堅持」の内実を強化したTPP交渉参加方針

    日本は昨年の7月ごろから、南シナ海問題でASEANと共同歩調をとってきましたが、ここに至って、日米とASEANが中国牽制でこれほどまでに一致できたのは、野田政権によるTPP交渉参加に向けた一歩の効果です。鳩山由紀夫元首相の普天間問題をおもちゃにした姿勢や、いわゆる日米中正三角形論は、アメリカの同盟国日本への信頼を掘り崩しただけでなく、アジア政策でアメリカが腰の座った姿勢を打ち出すのを妨げてきました。しかし、野田首相のTPPに対する態度は、単なる美辞麗句を超えた「日米同盟堅持」の内実としてアメリカのアジア政策への側面援護になりました。

    ●ASEANへの側面支援に


    一方、ASEAN諸国側は、昨年日本が尖閣列島での中国漁船拿捕問題で悩んでいたとき、日本支援の姿勢を示していました。これはひとえに中国の覇権への警戒です。自由貿易圏に関しても、ASEANは「ASEAN+3」(ASEANと日中韓)を推進しようとする中国に対しても違和感を持っていました。ここでは、やはり中国のヘゲモニーが圧倒的になりかねないからです。野田首相がTPPに一歩踏み出したことで、中国はこれまで難色を示してきた「ASEAN+6」(AEAN+3+オーストラリア、ニュージーランド、インド)容認の姿勢を見せ始めました。ASEANにとっても、地域の平和勢力としての大国日本に中国に対するカウンターバランスとしての役割を期待してきました。それだからこそ、TPPで野田首相が内実のある「日米同盟堅持」の一歩を踏み出したことは、ASEAN+日米による「海洋安保」派形成に向けてのスクラムを成立させる大きな一歩だったのです。

    ●評価定まらぬ野田外交

    もちろん、日本国内には依然として農業など純然たる国内問題としての反対勢力はありますし、こと大局的な外交戦略問題としては「安保、米と共同戦線、日本外交ひとまず成果」(日本経済新聞)や「日本外交、ひとまず立て直しの軌道に」(読売新聞)という積極的な評価の一方、「大国の間揺れる日本」(‘朝日新聞)という留保もあります。野田首相が踏み出した一歩をさらに進められるかは、なお未知数です。





    負けに不思議の負けなし 世界経済危機と日本 - 2011.10.27 Thu

    ヨーロッパのソブリン危機が世界恐慌への転落につながるかどうか、ひとつの山を迎えています。けさの日経の1面トップは「欧州銀自己資本9%に」、朝日の1面トップは「銀行借入、各国が保証」です。ギリシャのデフォルトを回避するために、欧州連合(EU)各国がギリシャの債務軽減策をとれば、域内の金融機関の財務状況を悪化させ、それが貸し渋りを誘い、金融機関の破綻、さらには規模の大きな不況を招きかねません。日経、朝日の1面トップの記事はそれを防ぐための対策を報じるものです。

    ●内向き日本を襲う世界経済危機

    日本はいま、記録的な円高に襲われていますが、多くの人々はまだ、今回の危機の深刻さを正確に受け止めているかどうか不明です。バブル崩壊以来の日本経済の低迷に加え、東日本大震災、原発事故が発生し、日本人が極端な内向きになっていたこの半年です。ふと目を外に転じてみたら、「遠い欧州の小国の財政危機が世界恐慌を招くかもしれない」といわれました。目の焦点が合わないような感覚に襲われている人が多いと思います。

    ● 欧州危機の既視感

    思い返してみれば、リーマン・ショックのころもそうでした。CDS(クレジット・デフォールト・スワップ)だとか、サブプライムローンだとか、わけのわからない専門用語を駆使する専門家の解説を敬遠して、人々は身の回りの範囲内で自分たちの利害を守ることの方を優先させてきました。その結果が既得権のぶつかり合い。政治の決定力不足も手伝って、日本は低迷から抜け出せませんでした。しかし、けさの両紙の1面トップの記事には、「既視感」を抱いた人が多いのではないでしょうか? この2つの対策は1990年代の日本の不良債権危機のときに毎日のようにメディアを賑わしたことばでした。「金融機関への資本注入(公的資金導入)」であり、「貸し渋り対策(銀行間の短期融資体制の維持)」です。いま、欧州で起きていることは決して、外国語ができなければ理解できないことではありません。そして、いま世界で先進国の政治、経済の機能不全が「日本病」と表現されているように、日本人にとって、すでに経験ずみのことが起きているのです。メディアには、長々しく小難しい説明をするのではなく、それを端的に解説してくれることが望まれます。

    ● 原因は身の丈にあわぬ生活

    日本はすでに経験済みのことといいながら、日本はそれを見事に解決できたわけではありません。だからこそ、日本はますます低迷しているのですが、その最大の理由は、日本、そして欧米の危機の真の原因を直視していないからです。かんたんにいってしまえば、それは身の丈に合わない生活をしてきたことです。欧米も日本も繁栄の中で、労働力コストと社会福祉など公的な給付がかさんできました。それこそが繁栄そのものなのですが、一方で、世界は変わります。新興国が先進国に追いついてくるにしたがって、欧米や日本はその繁栄を維持するだけの稼ぎをあげることがむずかしくなってきていました。それでも、負担よりも給付の方を求める国民の要求を「仕分け」することのできなかった政治は、どこの国でも、借金=国債発行に頼りました。この借金は景気対策の性格を持つことから大手を振ってまかり通りました。しかし、いまや政府投資の景気刺激効果は薄れています。むしろ、いまはさらに国債発行を続ければ、それが国債価格暴落=長期金利の暴騰=不況の原因になりかねないのです。げに、身の丈に合わない生活のツケとは恐ろしいものです。

    ● 不思議の負けなし

    こうして振り返ってみますと、日本の長期低迷もリーマン・ショックも欧州ソブリン危機も巨視的に見れば同じ性質の「敗北」です。前プロ野球楽天監督・野村克也さんの座右の銘に「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」というのがありますが、経済危機にもこのことばがあてはまります。アリとキリギリスの寓話を持ち出す必要もありますまい。「稼ぐに追いつく貧乏なし」の裏返しをやってきた結果なのですから。

    ● 不思議の勝ちは期待できない


    さあ、ここから日本を含む先進国が、「勝ち」を転じられるかどうか。不良債権危機後の日本も、リーマン・ショック後のアメリカも、その後「勝ち」に転じたわけではありません。経済には「経済価値」という不動のルールが支配しています。野球とちがい、運などに左右される「不思議の勝ち」は期待できません。確実な「勝ち」に転じるためには、偏狭な既得権に目を奪われず、危機の本質を的確に理解する必要があるでしょう。



     

    「ジャスミン」は枯れた カダフィ大佐の終末 - 2011.10.22 Sat

    「中東の狂犬」と呼ばれたリビアの独裁者カダフィ大佐が20日、根拠地のシルト陥落とともに殺害されました。リビアの人々は、独裁者が消えたことに歓喜していますが、今回のリビアの結末は気がかりな点を残しました。
     
    ●統制なき結末
     
    カダフィ大佐拘束の映像は、私が出演したテレビ朝日「スーパーJチャンネル」でも放送されました。血まみれでもみくちゃにされるカダフィ大佐の周囲の人たちが「生かしておけ」といっているスーパーとともに、です。「ラー、ラー、ラー」と叫ぶ声も。「ラー」はアラビア語の「ノー」です。カダフィ大佐自身の声か、それとも拘束した民衆の声かはわかりませんが、「殺すな」という人々の中で、カダフィ大佐に銃弾を発したのは19歳の少年だったそうです。カダフィ派を追い詰めた武装勢力に「統制」がまったくなかったことがわかります。非合理的な抵抗を最後までやめなかったカダフィ大佐側にも一端の責任はありますが、リビアの混乱はそこまで行き着いた上での結末を迎えたのです。
     
    ●保てるか?リビアの一体性

    ことし1月、無血でベンアリ大統領を追放したチュニジアの民主化は「ジャスミン革命」と呼ばれました。続くエジプトでも、ムバラク大統領は逮捕されて裁判を受けています。しかし、リビアでは、独裁者を裁判にかけるという民主主義の手続きがとれない「民主化」に終わりました。独裁者を追放することはできましたが、今後の民主化が順調に進むのか懸念されます。西部トリポリタニアと東部キレナイカの対立にアラブ人とベルベル人の亀裂を抱えた国だけに、今後リビアの一体性が保てるのか、北アフリカの安定がどうなるかが心配です。アフリカ一番の原油産出国だけに、その成り行きは国際社会に大きく影響するからです。
     
    ● もはや「ジャスミン」の名は冠せない
     
    中東では、まだシリア、イエメンで民主化闘争が続いています。とくに、先代のハフェズ・アサド大統領と、その息子のバシャル・アサド大統領と少数派アラウィ教徒による強権的かつ陰湿な独裁が続いているシリアでは、独裁者側の弾圧が依然として強力です。チュニジア、エジプトからリビアに至り、中東の民主化はもはや「ジャスミン」の名は冠せなくなりました。シリア、イエメンで流血の度合いが深まることが警戒されます。独裁者打倒が流血のものであればあるほど、その後の民主化は危ういものになるからです。
     
    ● NATO関与の正当性は?
     
    もうひとつの懸念は、北大西洋条約機構(NATO)の関与です。これまでに伝えられるところでは、カダフィ大佐はシルト陥落に伴い、車列で脱出する途中でNATO軍機の空爆に会い、排水管に隠れているところを拘束されました。NATO軍の関与はことし3月の安保理決議1973に基づくものです。決議はリビアにおける停戦の即時確立を要求し、文民を保護する責任を果たすために、国際社会によるリビア上空の飛行禁止区域の設定と、外国軍の占領を除いたあらゆる措置を講じることを加盟国に容認する内容となっています。「あらゆる措置」にカダフィ大佐殺害までが含まれるかどうか。案の定、ロシアのラブロフ外相は、21日ジュネーブ条約に記された人道規定に抵触する可能性があるとして国際的な調査を求めました。
     
    ● 「外部の正義」はどう関与できるか?
     
    主権国家内で、非人道的な独裁が行われているとき、国際社会は何ができるかという基本的な問題がここでも問われているのです。「ロシアは東西冷戦のころからのカダフィ体制と近かった」と、この問題を見過ごすのはよくありません。湾岸戦争、イラク戦争、ソマリア内戦、ルワンダ内戦、ユーゴスラビア内戦、スーダン内戦と繰り返されてきた問題です。折しも、世界は世界同時不況、新たな世界恐慌の瀬戸際にあります。「外部の正義」による関与のあり方をもう一回考えなおす必要がありそうです。


     

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    萩谷 順

     はぎたに じゅん

    Author: はぎたに じゅん
    TVコメンテーター
    法政大学法学部教授
    元朝日新聞編集委員
     政治記者、カイロ、ウィーン
     ボン特派員などを歴任
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