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    芸術祭に「ロック」を持ち込んだ文部大臣 - 2010.10.29 Fri

    水木しげるさんが文化功労者になったことをお祝いするブログで、「文化庁も変わった」と書いて、32年前の個人的経験を思い出しました。

    ●芸術祭に「ロック」を持ち込んだ文部大臣
     
    1978年です。私は朝日新聞政治部の文部省担当でした。政治部の文部省担当がカバーするのは、大臣と日教組でした。日教組の委員長は"ミスター日教組”槙枝元文さん。これに対して、福田赳夫内閣の文部大臣は故砂田重民(すなだ しげたみ)さんでした。砂田さんは、立教ボーイでベストドレッサーにも選ばれた紳士で、珍しくスマートな政治家です。その砂田さんが、文化庁主催の芸術祭に初めて「ロック」を持ち込んだのでした。下の「文相お声がかり 芸術祭にロック」というのが、そのときの私の記事です。

    砂田 
    1978年5月5日朝日新聞朝刊2面

    この記事をみつけるために、大学の図書館で朝日新聞の古い縮刷版をめくりました。愕然としたのは、もう裸眼では縮刷版の記事は読めないこと。地下の閲覧室で見出しを頼りに捜しました。やっと見つけたとき、砂田さんの思い出がたくさん浮かびあがりました。
     
    ●砂田さんのコレクションは立教大学が保管

    砂田さんは、ロックミュージックや、フォークソングの愛好家でした。ご自宅に夜回り(夜、取材先の自宅を訪ねて取材すること)に行くと、マッキントッシュのアンプと大きなJBLのスピーカーの置いてある自室に通されて、音楽を聴きながらの取材でした。5411枚に及ぶ砂田さんのレコードのコレクションはいま、母校の立教大学に寄付されメディアライブラリーに「砂田重民LPコレクション」として保管されています。www.rikkyo.ac.jp/research/library/archives/sunadacollection/

    ●「古色蒼然たる文部省・文化庁」と書いた謹厳な先輩
     
    その砂田さんが、頭の固い文化庁官僚を説得して、ロックを芸術祭に登場させたのはニュースです。政治部の同僚にそんな話をしたら、「記者席」というコラムを担当している先輩がやってきて、「データを提供しなさい」ということになりました。「記者席」は当時の私のような駆け出しの記者が書くのではなく、中堅の記者が交代で書くことになっていました。
     
    上の紙面のうち、「異色の響き奏でる”文化相”」という方が、先輩記者の書いた「記者席」です。たしかに、日教組との対決姿勢を前面に出す大臣が多かった中で、文化それも若者文化に理解を示す砂田さんは「文化相」というのにふさわしい大臣でした。

    文部省 
    現在の文部科学省。砂田文相当時は手前の茶色のビル
     
    「記者席」の一部を引用します。「祭典の具体化を指示されたお役人にとって、砂田文相の口から飛び出すカタカナ名の曲名や外人演奏家がまるでちんぷんかんぷん。『帰宅して子どもに聞いてやっとわかった』
    (某幹部)とかで、古色蒼然たる文部省・文化庁に”ジャズ旋風”が吹き込んだ感じ」。というのですが、私は違和感を覚えました。当時すでにジャズは市民権を得ていました。砂田さんが市民権を与えようとしていたのは、ベトナム反戦世代の音楽であるロックとフォークだったのに。謹厳なことでは定評のあった先輩(故人になられましたが)は”ジャズ旋風”と一緒くたにしまったからです。

    ●私までロック・ファンと......
     
    一緒くたといえば、この記事を書いたおかげで、政治部では「萩谷はロックファンだ」といういわれない評価まで私につきまとうことになりました。当時の政治部の表のカルチャーでは、それはよい評価ではありません。正統派のクラシック音楽ファンである私はその芸術祭には行きませんでしたが、同僚の中にはチケットをほしがる人もいました。表のカルチャーをよそに、ロック文化はすでに政治部にも相当浸透していたようです。

    ●S&Gの「明日に架ける橋」をこよなく愛した政治家

    S&G サイモンとガーファンクル

    砂田さんは選挙に強いとはいえない政治家で、落選中に次の選挙に向けて、いわゆる「代議士本」を出版しました。そのタイトルは「明日に架ける橋」。サイモンとガーファンクルのエバーグリーン「Bridge over Troubled Water」です。「この曲が一番好きなんだ」とよくいっておられました。1982年、私が西ドイツ・ケルンの放送局に派遣されていたとき、欧州出張途中にケルンに立ち寄ってくれました。そのとき、ケルンの大聖堂に面したDom Hotelのカフェでお会いしたのは忘れられません。砂田さんは第2次海部俊樹内閣の北海道開発庁長官兼沖縄開発庁長官に就任しましたが、病気のため任期途中で辞任し、1990年に73歳で亡くなりました。私は、当時カイロ特派員で、湾岸危機取材に釘付けになっていて葬儀に参列できませんでした。そして、奥様もまもなく、後を追うように亡くなってしまいました。

    DomHotel 
    ケルンの大聖堂とDom Hotel(左)

    砂田さんとは、ほかにも印象的な思い出があります。いずれ機会がありましたら、ちょっとびっくりの歴史の裏話を書こうと思っています。 


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    Author: はぎたに じゅん
    TVコメンテーター
    法政大学法学部教授
    元朝日新聞編集委員
     政治記者、カイロ、ウィーン
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