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    美しき5月 ウィーンの花と音楽 - 2011.05.09 Mon

     Der schoenste Mai 'st gekommen. 美しき5月になりました。3月11日以来、このブログもほとんど大震災とそれに関連する政治、経済、社会をテーマにしてきました。被災された方々や、日本の将来を思うと心は晴れないのですが、きょうは、美しき5月のオーストリア・ウィーンの花と音楽の話です。

    ●ドナウのほとり葡萄の花咲く頃

    テレビもなかった子供のころ、外国への窓のひとつが母のSPレコードでした。兄弟たちで堅いクラシック音楽に傾倒する中で私が密かに浮気していたのは第2次世界大戦前のドイツ映画の音楽でした。25㌢のSPにAn der Donau wenn der Wein bluehtという女声の魅惑的な歌がありました。華やかで艶っぽいその歌のタイトルが「ドナウのほとり葡萄の花咲く頃」という意味だと知ったのは高校に入ってドイツ語を第1外国語として選択してからです。しかし、いつの日かそのSPレコードは割れてしまいました。1991年、朝日新聞の特派員としてウィーンに赴任した際、その歌のレコード、あるいはCDを探しました。後にドイツのボンに赴任したときにも折りにふれて探しました。インターネット時代を迎えて検索を繰り返したのですが、しばらくはこれも空振り。このゴールデンウィークにyoutubeでやっとそれを発見しました。



    私が聴いていたのはトーキー初期の音楽映画「Waltzerkrieg(ワルツ合戦)」の主題曲で主演のRenate Mueller(レナーテ・ミュラー)が歌ったものですが、youtubeにアップロードされていたのは戦後ドイツの国民的歌手Peter Alexander(ペーター・アレクサンダー)が1963年に歌ったものです。Renate Muellerはナチスのお気に入りだったのですが、31歳でゲシュタポに殺害された、あるいは自殺したという悲しい最後があることも知りました。

    Muller 
    レナーテ・ミュラー

    ●ウィーンの爛熟した文化


    欧州中部の大国であったハプスブルク帝国の爛熟した文化の息づかいはヨハン・シュトラウスIIの「こうもり」やレハールのオペレッタで知ることができますが、この歌もその余韻を伝えるロマンティックな郷愁に満ちあふれています。そして、子供の頃に心に刻み込んだイメージは、ウィーンに住んだ1年半余にそのまま目の前に現れました。

    それは、なんといっても「美しい5月」です。ウィーンはアルプスの東の外れに位置します。そして、ウクライナやハンガリーの平野につながるため、寒くて暗いドイツとは大きく異なり、春から夏は穏やかな晴れに恵まれます。ドナウ川の中の島にある広大なバラ園はあたり一面が豊かなバラの香りにあふれています。古く広壮な町並みのあちこちには、住民が植えた花が咲き誇ります。我が家から歩いて5分ほどにはBeethovengang(ベートーベンの散歩道)があります。第6交響曲のテーマが浮かんだという林の中の道です。

    beethovengang 

    ●ウィーンの春は花とホイリゲ

    中でもすばらしいのは、私の住んでいたウィーン北部のSievering(シーフェリング)という町です。東京でいえば世田谷区でしょうか。ベートーベンの遺書で知られるHeiligenstadt(ハイリゲンシュタット)からウィーンの森へ向かう大通り、Sieveringerstrasse(シーフェリング通り)は緩やかな斜面をうねうねと登ります。両側には、かつては貴族や金持ちの別宅だったような豪奢な家が建ち並び、その前面は5月には色とりどりの花壇です。

    当時、私の仕事はユーゴスラビアの内戦、ウィーンの国際原子力機関(IAEA)が管轄の北朝鮮の核開発問題、旧ソ連のクーデター騒ぎ、さらにはパレスチナの和平交渉など、ほとんどが殺伐たるものでした。そうしたとき、映画「第3の男」の大観覧車で知られるプラーターの遊園地の花や、車で通るシーフェリング通りの花壇が心に刻み込まれました。当時、息子たちは、8歳、5歳、1歳でしたから、せっかく音楽の都に住みながら、オペラや音楽会に行く心の余裕はなかなか生まれません。家族での外食も市中のしゃれたレストランではなく、家の近くの庶民的なワインレストラン「ホイリゲ」です。ホイリゲはワインの新酒のこと。田舎づくりの建物や花にあふれた内庭で、その年の新酒を提供します。料理もありますが、町の人々は料理持ち込みという気の置けないところです。プラーターの子供だましのような遊具「白鳥の騎士の舟」が大好きだった5歳の次男はホイリゲに歩いて行くとき、ハイリゲンシュタットにひっかけて「ホイリゲンシュタット、ホイリゲンシュタット」とリズムをつけてくちずさんでいたものです。

    Heurige
    ホイリゲで憩う人々


    そんなウィーン郊外の5月の雰囲気に満ちた歌が、ヨハン・シュトラウスIIのDraussen in Sievering blueht schon der Flieder「郊外のシーフェリングではもうフリーダーの花が」という曲です。CDはウィーンで入手していましたが、今回、やはりyoutubeで発見しました。ウィーン・フォルクスオーパーの歌手マルティーナ・ドーラクの歌です。




    ●ウィーンのライラックは濃い

    この濃い雰囲気はシーフェリングとフリーダーの花そのものです。ワインで酔ってからお聞きになるとさらに効果抜群です。youtubeが始まって1分ぐらいに現れる庭のセットシーン。建物の壁の色は18世紀の女帝マリア・テレジアが好み、シェーンブルン宮殿に使ったMaria-Theresiengelb(マリア・テレジアの黄色)をバックにフリーダーが登場します。フリーダーはライラック(リラ)。ライラックの花言葉は、友情・青春の思い出・純潔・初恋・大切な友達などですから、可憐なイメージを持っている方が多いと思いますが、ウィーンのライラックは、枝も隠れんばかりに厚く、こんもりと咲きます。可憐というより、圧倒的な色香です(videoのライラックはセットのせいか少し元気がない)。ちなみに日本では宝塚歌劇の歌として知られる「スミレの花咲く頃」という歌がありますが、この本歌はスミレではなく、リラの花のようです。"wenn der weisse Flieder wieder blueht"。そうだとすると、だいぶイメージが変わってくるな、などと考えたゴールデンウィークでした。







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     はぎたに じゅん

    Author: はぎたに じゅん
    TVコメンテーター
    法政大学法学部教授
    元朝日新聞編集委員
     政治記者、カイロ、ウィーン
     ボン特派員などを歴任
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