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    困ったときの友人 日本とクウェートと湾岸戦争 - 2011.04.19 Tue

    【カイロ=佐藤昌宏】クウェート政府は18日、東日本大震災に伴う日本の電力不足対策として、原油500万バレル(約457億円相当)か、それに相当する石油関連製品を日本に無償供与すると決めた。AFP通信が伝えた。中東諸国による原油の無償供与は今回初めてとみられる。これは読売新聞web版の18日の記事です。湾岸戦争を朝日新聞の中東特派員として取材した私は感慨深くこの記事を読みました。クウェートはお恩返しをしてくれたのです。

    ●クウェート侵攻の前兆

    hussein 

    湾岸戦争のきっかけとなったイラク軍のクウェート侵攻は当時の日本人にとっては寝耳に水のできごとでした。1990年の夏、カイロ駐在の私はただならぬニュースを見つけました。イラクとクウェートの間で国境のルメイラ油田をめぐる争いが起きていましたが、そのニュースはイラクの2機甲師団がクウェート国境に展開したというものでした。私は以下の記事を東京に送ると、ただちにクウェートに向かいました。

    【カイロ24日=萩谷特派員】石油問題をめぐるイラクのクウェート非難で緊張が続くペルシャ湾岸の西側外交筋(複数)は24日、イラクの2機甲師団がクウェート国境の油田地帯に展開したことを確認したと明らかにした。一方米ワシントン・ポスト紙によると、イラクが展開した兵力は3万人で、このためペルシャ湾内にいる米海軍の艦艇7隻は乗員の上陸許可を取り消し、即応態勢に入ったという。クウェートも国境付近に兵力を移動させており、湾岸情勢は緊迫の度を加えている。
    西側外交筋によると、イラクの2機甲師団は戦車、対空火器、架橋装備をもった工兵隊を従えて、国境の油田地帯に展開した。数千人規模の兵力は最高の非常態勢には入っていないが、臨戦態勢をとっているという。このほか2旅団が南進しているとの情報もある。(以下略)。

     tower 
    クウェートタワー

    ●「助けて」と懇願した女性次官補代理

    明確な戦争のシグナルでした。朝日新聞は私の危機感に応えて、これを7月25日付の朝刊の国際面のトップとして掲載しました。同業他社の動きは鈍く、クウェートに入ったのは私だけでした。情報省の女性次官補代理(外国プレス担当)、旧知のアマル・ハマドさんの広い部屋に入るなり、ハマドさんは私の手をとって「助けてくださいサダーム(フセイン・イラク大統領)は来ます。クウェートは弱い国。世界中のプレスの助けが必要です」。遠い日本の一介の記者に、涙を流さんばかりにして懇願するハマドさんに、正直当惑しました。その後、駐クウェート日本大使館の専門調査員だった保坂修司さんの車でただちにイラク国境に急ぎました。ダッシュボードの温度計が70℃を超える炎熱です。「保坂さん。どれぐらいでクウェートシティは陥落しますかね」「3時間でしょう」。イラク駐在経験のある臨時代理大使も「サダームは来る」との判断でした。しかし、翌日、イラクが「クウェートに武力は使わない」と保証し、サウジアラビアの仲介で交渉が始まったため、私はカイロに戻りました。

    ●優先順位

    tanks
    クウェート市を制圧したイラク機甲師団

    8月2日早朝、イラク軍は予測通り3時間でクウェートを制圧しました。ハマドさんと再会したのは、その秋、彼女が子供たちを連れた難民として到着したカイロでした。その後の経過は、アメリカのブッシュ(父)大統領とジム・ベーカー国務長官の粘り強いシャトル外交が結成した多国籍軍がクウェートからイラク軍を追い出すのですが、私の仕事は、多国籍軍の動きを追うことでした。しかし、多国籍軍が集結するサウジアラビアのビザを取るのは極めてむずかしい状態です。サウジに入国できると、サウジ情報省のジャムジューン次官補を追いかけ回してビザ発給を頼み込まなければなりません。ジャムジューン氏は好意的ではありましたが、最後の答えは必ずこうでした。「ミスター萩谷。我が国には外国人、外国文化が入ってくることを好まない人たちが多いことはご存じですね。ビザには限りがあります。私たちはこれから戦争をします。自分たちの国の若者の血で助けてくれる国のジャーナリストに比べたら、あなたたち日本の優先順位が低いことはわかりますよね」。そういわれば引き下がらざるをえませんでした。

     ●日本にできた国際貢献

    日本は湾岸戦争にあたって130億ドルの資金面での支援を行いましたが、戦争終結後、クウェートが公けにした感謝決議に日本の名が言及されていなかったのはご承知の通りです。また、日本の国内では「反戦」の空気が強く、イラク侵攻当初の新聞には「金持ちで尊大なクウェートは攻められて当然」というような識者の意見さえ掲載されたものです。イラクのフセイン体制の国内での残忍な圧政を含めアラブ世界を取材していた私にとっては驚くべき反応でした。しかし、総じていえば、日本は国のあり方を決めた憲法の範囲内でできることをやったのだと思っています。

    summit
    湾岸戦争直後のロンドン・サミット(中央が当時の海部俊樹首相)

    ●友情は忘れられなかった

    あれから20年。大震災と原発事故に苦しむ日本にクウェートから飛び込んだ友情は久しぶりに湾岸戦争を思いださせました。湾岸のカタールも、日本にLNG(液化天然ガス)を400万トン追加供給してくれるということです。フセイン大統領の脅威にさらされていたカタールにとって、イラク戦争での日本の助けはやはり忘れられないものだったのでしょう。戦争に絡むものだけではありません。日本は高度成長以来、有力な援助国でした。日本のODA(政府開発援助)を受け取っていた小さな国からも助けの手がさしのべられています。「困ったときの友人こそ真の友人」ということばがあります。人々が不正義や圧政、侵略に苦しんでいるとき、また貧困や不公正に苦しんでいるときには私たちも再びできる範囲での助けでお返しをすることができるようになりたいと思います。



     

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     はぎたに じゅん

    Author: はぎたに じゅん
    TVコメンテーター
    法政大学法学部教授
    元朝日新聞編集委員
     政治記者、カイロ、ウィーン
     ボン特派員などを歴任
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