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    everything is writtenか? 映画「127時間」 - 2011.02.26 Sat

    6月に公開される映画「127時間」の試写会に行きました。2008年に8部門のアカデミー賞に輝いた「スラムドッグ ミリオネア」のダニー・ボイル監督の最新作です。2月28日(日本時間)に発表される今年のアカデミー賞で「127時間」は作品賞など6部門にノミネートされています。

    ●実話の迫真力

    aron 
    アーロン・ラルストン(28歳当時)

    「127時間」は実話です。2003年4月、当時28歳だったアメリカ人青年アーロン・ラルストンはユタ州ブルージョン渓谷でハイキング中に細い岩場の割れ目に転落し、同時に落ちてきた岩と岩壁の間に右腕を挟まれてしまいます。アーロンは右腕を抜こうと努力しますが、岩はまったく動きません。ボトル1本400mlの水とわずかの食料で死を待つしかない中で、彼は最後の記録をデジカメとビデオカメラに収め、岩壁に名前と生没の日付けを刻みます。いよいよ水も尽き、脱水症状でもうろうとする中で、アーロンは自らを窮地から解放することに成功します。その間127時間のドラマです。

     ●極めて抽象的なモノドラマのよさ

    「断崖に右腕を挟まれた若き登山家。そして彼は”決断”した」。案内状のメッセージにはあまり期待していなかったのですが、延々と続くモノローグドラマに次第に引き込まれていきました。最後のクライマックスでは、隣の女性はハンカチで涙をぬぐっていました。おそらく、私の感動は彼女とは違うところにあったのでしょう。酷薄な自然の中でのちっぽけな人間1人。状況自体は単純明快な物理的な危機ですが、極めて抽象的なモノドラマです。解釈を強制する約束ごとが少ないため、人はそれぞれのやり方で解釈できます。

    現場
    映画の中での”遭難現場"

    ●アーロンの心境


    私に訴えかけたのは、アーロンがいよいよあきらめかけたときの心境です。自由を愛するアーロンは自分の人生の身勝手さに思いをめぐらせます。遠く離れた母親がかけてきた電話。留守電のスピーカーでそれと知りながらも電話に出ない息子です。ブルージョン渓谷に行くときにも、だれにも行く先を告げていません。友人が捜索願いを出しても、捜索が始まるときには自分は死んでいる。

    ●決定論を乗り越えたアーロン

    大自然の落とし穴に落ち、そこから脱出するすべがないと悟ったアーロンは「すべてが自分が招いた結果」と思います。そして、「生まれるずっと前から決められていたこと」と考えます。
    everything is written(すべては前もって定められている)。一種の決定論、運命論です。everything is writtenは私の好きな映画「アラビアのロレンス」に出てくることばです。死のネフド砂漠を越えてトルコ軍のアカバ基地を攻撃しようとするロレンスに対して、ベドゥインのリーダーは失敗を予測してeverything is writtenといいます。「神の意思で定められている」という意味です。そして、奇跡を実現したとき、ロレンスはnothing is writtenと言い放つのです。「127時間」の場合は、アーロンが生還したこと自体がアーロンの「決定論」への否定です。

    ●窮地からの脱出の道はコードから解放されること

    andes 
    ウルグアイ空軍機の墜落現場

    では、どのようにしてアーロンは生還できたのでしょうか? 公開前の映画のネタばらしはルール違反ですからいたしませんが、アーロンが生命と社会、すなわち人間の約束ごと(コード)から自らを解放した行為がカギです。「絶体絶命という状況」と「生存」の二律背反をどう解決するかの道をアーロンは見つけ出したのです。このとき、私は「アンデスの奇跡」を思い浮かべました。1972年、ウルグアイ空軍機がアンデス山中に墜落しました。乗員乗客45人は絶望視されましたが、72日後になって16人が奇跡の生還を遂げます。彼らは死者の肉を食べて生き延びたのでした。「人間は人間の肉を食べてはならない」。これは人間にとってもっとも根源的なコードです。彼らはそれを破りました。カトリック教徒だった彼らは、死者の肉を「聖餐」と解釈することによってコード破りを乗り越えました。「127時間」と「アンデスの奇跡」は「神に近い存在=大自然」によって与えられてしまった絶体絶命と生存の二律背反というところで似かよっているのです。

    ●社会の割れ目に落ちた人々への寓意

    「127時間」を見終わったとき、私はアーロンの生還を喜ぶより、もっと重い課題を背負わされていると感じました。私は社会の割れ目に落ちてしまい、固定されてしまったと思っている多くの人々とりわけ若者たちを想起しました。人生の落伍者、落ちこぼれ、引きこもりなど、さまざまなネガティブな命名をされてしまっている人々です。多くの場合、その境遇が「自らまいた種」であることは事実です。でも、それは「そこから脱出できない」と同義語ではありません。脱出の道は、「それはできないとの人それそれの思い込み」から脱出することにあります。自分をがんじがらめにしているコードから自らを解放する。アーロンの決断と実行はそれを示しているのです。

    ●見る苦痛の価値あり

    kippa 
    講演するアーロン

    アーロンは生還後、結婚し、子どもに恵まれました。そしていまなお登山を続けているそうです。遭難前とで変わったのは、山行のとき必ず「行き先」を告げるようになったことです。体験を語る講演はひっぱりだこで、講演料は1回2万5000ドル(約200万円)!。でも、その価値はあるでしょう。映画「127時間」は、見るのに苦痛を感じるシーンもありますが、それを超越したよい映画です。学生たちにはぜひ勧めようと思っています。




     
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     はぎたに じゅん

    Author: はぎたに じゅん
    TVコメンテーター
    法政大学法学部教授
    元朝日新聞編集委員
     政治記者、カイロ、ウィーン
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