topimage

    2010-12

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    そろそろミュージカル好きに 「マンマ・ミーア!」初日 - 2010.12.13 Mon

    12月12日(日)から東京・汐留の電通四季劇場「海」でミュージカル「マンマ・ミーア!」が始まりました。2002年12月のこの劇場の柿(こけら)落としの演目だった「マンマ・ミーア!」は2年間のロングランと全国公演計2000回の後、東京への凱旋公演です。私にとっても柿落とし以来2度目の鑑賞でした。

    ●ABBA世代がいっぱい

    ABBA 

    初日の観客席は満員です。幕が開いてスウェーデンのグループABBAのビートのきいた「ハニー・ハニー」が流れ出すと、右隣に手拍子を打たんばかりにからだを動かす観客がいます。ほかにも。ちなみにわが女房どのも左隣で「右に(?)同じ」。はい。ABBAが活躍した時代にティーンエイジャーだった女性たちです。東京再演にあたって、あちこち手を入れた劇団四季の自信作です。初演のときに比べてさらに集中度が増していました。ミュージカルが終わると観客総立ちのスタンディング・オベーションです。その中には、トヨタ自動車の豊田章男社長の姿も見えました。

    ●ドキドキの鑑賞

    初演の日は俳優のみなさんは緊張しますが、今回は私もかなり緊張しての鑑賞でした。プログラムにエッセイを書いたからです。ピントの狂ったことを書いていないかどうか。それは実際の舞台と照らし合わせてみないとわかりません。けっこうドキドキして舞台に集中しました。

    ●ABBAをよく知らなかった

    「わかってたまるか!」のような政治性の強い演目については書いたことがありますが、人生、それもおんなのドラマというのは初めてです。依頼を受けてからはたと気づいたのは、私はABBAをあんまりよく知らないということでした。ABBAが世界を席巻したのは、1970年代後半です。その時期私は地方記者として長野で、続いて東京の政治部で昼夜を分かたない激務に追われていたころです。おつきあいするのは県議さんや国会議員などの年配男性ばかり。デートもできない20代でした。Bの一文字が左右ひっくり返ったABBAの名前はもちろん知っていたのですが、忙しくてABBAどころではありませんでした。

    マンマミア
    プログラムから

    ●安倍寧さんに笑われる

    今回プログラムにエッセイを書くにあたって、メリル・ストリープ主演の映画のBDを見て、日本初演のプログラムを再読し、初演のイメージを呼び返して。ヒット曲の数々はやはり、忙しかった私の記憶にも刻み込まれていました。幕間のロビーで音楽評論家の安倍寧さんにお会いしたので、「今回はまじめに予習したので、よくわかりました」と話したら、「いや、そんなにむずかしく考えなくていいんだよ」と笑われてしまいました。実際、我ながらけっこう勉強しました。幸い、ピンクルではなかったようで、私も解放されてスタンディング・オベーションの渦に加われました。

    ●「加齢」の効用も

    8年前には、舞台にただただ圧倒されていましたが、今回は細部を楽しむことができました、主役のドナの親友ロージーを演じる青山弥生さんの腰痛、膝痛のしぐさは最近変形性膝関節症が始まった私には、身につまされて印象的でした。終演後のパーティで、青山さんに「すばらしい演技でした」と申し上げたのはもちろんです。8年ののちに、それを印象的と思えるようになったのは、「加齢」のたまもの。私も成長しました(笑)。


    四季劇場 

    ●私もそろそろミュージカル好きに

    劇団四季のファンにリピーターが多いのはつとに知られています。私も最近リピートすることのよさがわかってきました。また、劇団四季の場合は常打ち小屋を東京だけで、5つも持っている世界でも珍しい劇団です。常打ち小屋の同じ環境でリピートできることは大きなメリットでしょう。だんだん、私もミュージカル好きになってきたようです。




     

    おいしい塩ザケが食べたい(2) - 2010.12.10 Fri

    7日のブログで書きましたように、私は熟成した塩蔵水産物が大好きです。ですから、町の魚屋さんをのぞくのが大好きなのですが、おいしい塩ザケに出くわす機会はなかなかないものです。お金をたっぷり払って毎回村上の塩引きを取り寄せれば満足するかもしれませんが、そんなことはできません。さらには、貧しかった子供時代へのノスタルジアをかきたてる、もっと庶民的な魚イワシまでが、最近は「塩分控えめ」の犠牲になっているのをみると、痛ましい気さえしてきます。

    ●庶民の味方イワシよ!おまえもか!

    かつては、魚屋さんの店頭に山のようになっていた丸干しのイワシや下魚中の下魚であるメザシまでもが最近では、ときには「冷凍」でケースの中に入っています。こうしたイワシたちは、柔らかく、水っぽくて、かつてのような適度の歯ごたえと、噛みしめるとわき出してくる旨みに欠けています。イワシに申し訳ない気がしてしまいます。

    メザシ 

    ●地中海ではアンチョビ、海の民は塩味を愛す

    塩蔵水産物の旨みを愛でてきたのは、日本人だけではありません。地中海沿岸ではアンチョビ(カタクチイワシ)の塩漬けが欠かせません。イタリアのパスタソースである「プタネスカ」は「娼婦の」という名の通り庶民的です。味を作り出しているのはトマト、オリーブ、ケイパー、ニンニクと、それを旨みと塩味で演出するアンチョビです。サラダに、ピザに、アンチョビはアミノ酸発酵による旨みで貢献します。単なる塩味ではないのです。さすが、地中海の民は、海のめぐみをよく知っています。

    ●アンチョビの徳用瓶を見つけたおまけが

    アンチョビ 

    そんなわけで、我が家ではアンチョビの消費量が半端ではありません。しかし、庶民の調味料のアンチョビは日本では、まだ嗜好品扱いです。スーパーの棚に並ぶ小さな缶詰や瓶詰めではコストパフォーマンスが悪すぎます。「業務用があるはずだ」とインターネット上で捜してみたらありました。いわく「ピース・オブ・アンチョビ/MARECHIAROブランド」。切れ端や規格外を徳用瓶に詰めたもので、700gが2,160円です。早速取り寄せて重宝しているのですが、これを捜す過程で、すばらしいものを見つけました。

    ●「エタリの塩辛」は日本のアンチョビ

    エタリ 

    それが「エタリの塩辛」、長崎県の特産品です。エタリはカタクチイワシ。まさにアンチョビの日本版です。さすが日本人、海の民です。先日長崎に講演にいったとき、法政大学での私のゼミ生だった現長崎文化放送アナウンサーの上枝一樹さんにエタリの話をしたら、長崎育ちの彼は当然「エタリの塩辛」を知っていましたし、おまけにそれを作っている漁師さんを番組で取材したことがあるとの話です。帰京ご早速「エタリの塩辛」を送ってくれました。

    ●「白亜紀トースト」?

    「エタリの塩辛」の作り方、食べ方については
    「エタリの塩辛愛好会」というHPに説明を譲りますが、私がよくやる食べ方をひとつだけご紹介しましょう。トースト用のパンにピザ用のチーズを敷いて、その上にエタリの塩辛をのせてトースターへ。焼き加減はお好みで。「エタリ・トースト」のできあがりです。その姿が、考古学時代のサカナの化石に似ているので、私は勝手に「白亜紀トースト」とか「ジュラ紀トースト」と呼んでいます。サカナの目がにらんでいるのが怖いという方はエタリをすりつぶせばよろしい。そのペーストにマヨネーズを少量混ぜて使うと、さらに味は微妙になります。

    エタリトースト 

    ●塩分控えめは食べる量で実現(のつもり)

    アンチョビとエタリの塩辛を比べると、熟成した塩味の丸みという点ではエタリが少し上回っていると感じるのはひいき目でしょうか。いずれにせよ「エタリの塩辛」と「アンチョビ徳用瓶」が冷蔵庫にある限り、私の食生活は豊かです。あとは食べ過ぎにさえ気をつければよいのですから。

    (続く)
     

    ハダカで盤上を逃げ回る王将 菅政権のいま - 2010.12.09 Thu

    22年度補正予算を成立させてほうほうのていで、臨時国会の会期を終えた菅直人政権がいよいよ行き詰まってきたようです。臨時国会終結時には、「危機は来年に持ち越しか」と見られていたのですが、今週に入って、菅首相のまわりでは、社民党との再連携内閣改造大連立、はては小沢一郎氏の扱いをめぐっての民主党分裂を呼びかねない動きまで出てきました。これら雑多な動きが共通して指し示すのは「菅内閣の命脈が尽きてきた」ということです。

    ●ハダカで盤上を逃げ回る王将

    菅直人 

    菅内閣の命脈が尽きているのは別に目新しいことではありません。夏の参議院選挙でねじれ国会になったときに実は半分運命づけられていたことです。菅内閣が直面しているねじれは、衆議院で3分の2を持っていないという点で自民党政権時代のねじれより深刻です。そして尖閣事件国後島問題と主権に関わる大事件が出来(しゅったい)したのに、その扱いを誤ったこと、またその間に菅首相にリーダーシップがないということが露呈した時点で、菅内閣は終わっていました。このブログでも「将棋でいえば、つんだ状態」と書いたと思います。ところが、この将棋はその後も続きました。いわば、王将が裸で盤上を逃げ回っているような状態です。憲政の常道はどこへやら、まさに醜態以外の何ものでもありません。

    ●社民党とよりもどす?

    ところが、菅首相は一度三行半を突きつけられた社民党に秋波を送りました。しかし、福島みずほ党首との会談では「私をぶち切れさせないように」などと条件をつけられる始末です。武器輸出三原則はともかく、普天間基地の移設問題で、福島さんをぶち切れないようにすれば、日本の安全保障、対北朝鮮戦略の根幹でもある日米関係がこんどこそ、決定的に傷つきかねません。ぶち切れるのはアメリカや韓国です。

    福島みずほ 

    ●社民がダメなら、大連立?

    そこで、ということかもしれません。菅首相は今度は正反対の方向に転じ、自民党の森喜朗元首相と8日に会談しました。「硫黄島の遺骨収集促進」のためということですが、森元首相は福田康夫内閣のときの大連立の仕掛け人です。時を同じくして、大連立の仲介役だった渡邊恒雄・読売新聞グループ本社会長が、7日に鳩山由紀夫前首相、8日に谷垣禎一自民党総裁と相次いで会談するに至って、俄然大連立も絵空事でなくなってきました。

    森喜朗 

    ●どっちに転んでも後がない菅直人首相

    しかし、ここでも菅首相の生き延びる道は細そうです。社民党との小連立と大連立では、実現できる政策はまったく異なります。政策ではなく地位にしがみつく菅首相の姿勢は交渉相手の社民党、自民党に失望を呼ぶでしょう。小連立には上記の危険があります。また、仮に大連立が成立したら、その首班が菅さんである可能性は極めて低いからです。それに、ここまで来て泥舟の船頭を助けようという勢力があるでしょうか。

    ●どっこい、まだ小沢問題がある

    そこを見越して、民主党の小沢支持勢力がうごめき出しました。参院民主党の幹部が仙谷由人官房長官の辞任を要求しました。臨時国会で問責決議をされた仙谷官房長官は、通常国会での審議に最大の障害です。それはとりわけ参議院で深刻ですから、この辞任要求はある意味で自然の成り行きです。しかし、この参院自民党幹部は、小沢支持派の幹部でもあるからです。安全保障上の懸念や失政が帳消しになったとしても、ねじれ国会が解消したとしても消えない「小沢氏の政治とカネ」の問題が立ちはだかっているのです。

    小沢一郎 

    ●政治変動は小沢氏の生き残りの道?

    通常国会で野党に審議協力してもらうためには「小沢問題」をクリアする必要がありますが、あえてネコの首に鈴をつけようとすれば、小沢グループの死にものぐるいの反撃を予想しなくてはなりません。「小沢一郎元代表は7日夜、東京都内で会食した党中堅議員に対し、『近く両院議員総会を開催するべきだ』」と語り、党執行部に開催を要望するよう求めた。菅直人首相の政権運営に不満を持つ議員らが公然と異議を唱える場作りを指示したことで、「脱小沢」路線を進める首相側を強く牽制(けんせい)したものとみられる」(朝日新聞)。小沢氏は、党内政局を政局につなげ、それをさらに政変、政党再編に結びつける中で生き残りをはかるかもしれません。

    ●王様はハダカ、に気づけ!

    このようにして、日本の政治はますます混迷をふかめています。政権の中枢は「生き残り」をすべてに優先させているように見えます。東アジア危機、国際経済不安、そして何よりも「国民生活がないがしろ」なのです。王様自身で自分がハダカなことに早く気づく以外にこのアリ地獄から抜け出す道はなさそうです。それが憲政の常道なのです。
     




    海老蔵さん記者会見  しかし、損害は大きい - 2010.12.08 Wed

    暴行を受けて顔などにけがを負った歌舞伎俳優、市川海老蔵さんの顔には、左眼の白目の内出血以外には、とりあえず大きな障害はないように見えました。記者会見の速報をテレビで見て、海老蔵ファンの私としては、少し安心しました。しかし、海老蔵さんは「全治2カ月。しびれに関しては骨が5つに粉砕されております。8ミリ陥没して、三叉神経に障害があるということです。しびれがとれるかどうか分かりません。医者からはしびれはとれるかもしれないが、とれないかもしれないと言われました」と話しました。私の安心はぬかよろこびだったのかもしれません。海老蔵さんは今後の公演への出演を無期限に見合わせることになりました。これは単なる謹慎にとどまらない意味を持つのでしょう。

    ●事件は芸に影響するか

    事件そのものは司法当局によって、法と証拠に基づいて結論が出されます。それとは別に気遣われるのは海老蔵さんの心理です。「暴行を受けているとき、逃げている最中、死ぬかと思った」と海老蔵さんは語りました。市川宗家は荒事を家の芸としています。歌舞伎十八番の役どころの多くは、気は世を蓋う英雄です。舞台を飲み、観客を飲む気概が求められるのに、事件の言いしれぬ恐怖が、芸のスケールを萎縮させることはないでしょうか。

    ●自ら選んだ行動の結果

    「親は選べないが、友人は選べる」といわれます。海老蔵さんは、たまたま市川宗家に生まれたという偶然の故に当代一の花形役者になりました。もちろん、素質も精進もあったでしょう。しかし、市川團十郎の跡取りに生まれたという事実は海老蔵さんの努力の結果ではありません。その一方で、海老蔵さんは自ら選んだ交友関係の結果、事件に遭遇しました。記者会見で海老蔵さんは、加害者たちは顔見知りではないといっています。それが事実としても、あの時間、あの界隈で、あの種類の人たちと遭遇したのは、海老蔵さんが自ら招いたこと以外のなにものでもありません。それが残念です。

    ●多くの人々を傷つけた海老蔵さん

    海老蔵さんは自ら肉体的、精神的に傷ついただけでなく、花形役者の看板に傷をつけ、市川宗家、歌舞伎界に傷をつけ、歌舞伎ファンを悲しませ、経済的にも各界に損害を与えました。それが自ら選んだ行動の結果であるということを深く反省し、謹慎しなければならないでしょう。

    ●「外郎売り」は門閥出でない片岡愛之助が代役

    一方、30日に始まった京都・南座の「吉例顔見世興行」では夜の部で成田屋=市川宗家のお家芸『外郎売(ういろううり)』の曽我五郎役を海老蔵に代わって片岡愛之助さんが務めています。この役は本来海老蔵さんが演じるはずでしたが、3日前に言い渡された身代わりだそうです。片岡愛之助さんは上方歌舞伎の立ち役のホープです。海老蔵のように名門の出ではありません。歌舞伎界とは無縁の一般家庭の出身です。5歳の時、親のすすめで松竹芸能の子役のオーディションに応募、芝居の世界に入ったのがきっかけでした。その後、13代片岡仁左衛門の部屋子となって力をつけてきたといいます。

    ●「血統」と「実力」を考えるきっかけ

    名門の出なら、だまっていてもよい役がつくのが歌舞伎の世界です。歌舞伎が好きで飛び込んできた一般の人も多くいますが、多くは御曹司たちを支える役回りになっているようです。御曹司の「おごり」が招いたともいえる今回の事件が、「血統」と「実力」の問題を考えるきっかけになるとよいのですが。





    おいしい塩ザケが食べたい(1) - 2010.12.07 Tue

    塩ザケや干物がおいしくなくなった。中高年の人でそう思っている人は少なくないと思います。子どものころは、塩ザケの一切れで山盛りのご飯が食べられたのに。最近では、そんなにおかずにならないなあ、と。年取って味覚も衰えたからかなと思う人もいると思います。

    ●「塩分控え目」がおとしめた塩の価値

    私は、これは「塩分控えめ」のためだと思っています。塩分は胃潰瘍、胃がんのもとという悪評は定着しています。日常生活では運動量が減って塩分の摂取の必要が落ちていることも事実ですが、「塩分控えめ」は人類の知恵であった「塩蔵文化」の衰退を来しています。また、コールドチェーンの発達によって、塩が「保存料」ではなく、単なる「塩味」になってしまったことも「塩蔵品」の味を落としているのでしょう。

    ●時間をかけた塩蔵で生成される旨味成分

    塩引きサケ 

    現在でもグルメのみなさんに好評な新潟県村上市の「塩引きサケ」は、一本一本丁寧に塩をすり込み1週間ほど塩漬にします。その後、水出しし、塩抜きをして丁度良い塩加減に調整します。皮まで磨きあげ、日本海の寒風に一週間陰干しにしてようやく完成します。干し上げるプロセスでグッと旨みが醸成されるのです。保存料や添加物は一切使用しません。塩蔵して長期間熟成させることによって、アミノ酸発酵が進み、アミノ酸やペプチドなど旨味成分が増してきます。

    ●少し匂うくらいがおいしかった

    かつて、お歳暮に頂いた新巻鮭が三が日を過ぎたあたり、すこし発酵臭を感じさせるころもっとも美味だったのは、「保存料」としての役割と「発酵管理剤」としての役割のバランスが頂点に達したからだと思います。

    ●塩蔵から塩水浴へ

    しかし、最近では塩ザケの熟成に時間をかけること自体がコストになってはね返ります。沖合でとれたサケを冷凍で運び、港の作業所で解凍した上で「塩蔵」ではなく「塩水浴」をさせて、少し干しただけのものが出回っているようです。魚肉は新鮮です。また塩分控え目ですが、アミノ酸やペプチドが生成される時間はありません。味気ないのはこのためです。

    ●少量しか食べられなかった「ごちそう」

    塩ザケ 

    塩ザケも干物も、ウニや塩からなどの嗜好品も軒並み、「塩分控え目」という名の製造時間・コスト節約の結果、ご飯をたらふくかき込むおかずではなくなってしまいました。塩分控え目にしても、たくさん摂取すれば、塩分の絶対量は増えます。考えてみれば、昔は塩蔵品もいまのように一度にたくさんは食べませんし、また、けっこうたまにしか食べることがなかった「ごちそう」でもあったのです。

    ●まろやかな塩味はあたたかい思い出

    熟成して旨味成分をたっぷり含んだ塩ザケや干物は単においしいだけではありません。幼いころの夕ご飯の思い出をよみがえらせてくれるものなのですが、「塩分控え目」で育った最近の世代があの味を知ることがないと思うとかわいそうになります。

    (続く)






     

    不首尾に終わった2つのこと - 2010.12.06 Mon

     政府提出法案の成立率が過去10年間で最低の37.8%という記録を残して臨時国会が終了した先週、2つのことが不首尾に終わりました。

    ●2022W杯開催は夢に終わった

    ひとつは大々的にメディアで伝えられました。2022年のFIFAワールドカップ世界大会の開催地決定です。アメリカ、オーストラリア、韓国、カタールと争った日本は、FIFA理事の投票で2番目に落選しました。朝日新聞によると、日本は2つの弱点を抱えていたそうです。1番目は2002年から数えた「開催間隔」の短さ、2番目は「施設」といいます。

    埼玉スタジアム 
    日本最大の埼玉スタジアムも”時代遅れ”

    ●追い越される日本

    開催間隔の短さはいたしかたないとして、「施設」は意外でした。具体的にいうと、日韓共同開催時に使ったばかりで再利用できるスタジアムが収容人員の点で時代遅れになっていたということです。なにやら象徴的です。他国を追い越してきた日本が追い越されるようになる最近の傾向がこの分野にも及んできたようです。

    ●プレゼンス薄れる

    開催地決定の7時間ほど前、テレビ朝日の「スーパーJチャンネル」で私は、開催地に選ばれる国は「国際社会でのプレゼンス次第」とコメントしました。いけいけどんどんで盛り上げるのが常のテレビとしては、かなり後ろ向きのコメントですが、私には日本が選ばれるとは到底思えなかったのです。

    ●TPP交渉門前払い

    ふたつめは、12月4日の朝刊にささやかに掲載されました。6日からニュージーランドで行われる環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の拡大交渉会合への日本のオブザーバー参加が認められなかったというニュースです。政府はTPPについて、11月9日に「情報収集を進めながら、関係国との協議を開始する」方針を決めました。それが、オブザーバー参加を認められなかっただけでなく、各国との個別対話の約束すら取り付けられなかったのです。

    ●日本がいるのは迷惑?

    世界第二位の経済大国がよもやこのような目にあうとは、日本政府関係者は驚いたでしょう。しかし、工業製品の関税引き下げは求めても、農産物の市場を大胆に開放する気のない国が来ても迷惑なだけというのがアメリカやオーストラリアなど関係国の本音でしょう。

    李明博  菅直人

    ●政権維持が「第三の開国」に優先?

    こうした日本をよそに、韓国は欧州連合(EU)に続いて、アメリカとの自由貿易協定(FTA)妥結にこぎ着けました。韓国は農産物市場の開放を受け入れて、通商上日本よりはるかに有利な地位を築きました。それなのに、菅直人首相は4日、韓国とは逆の姿勢を示しました。農地法の改正についてです。TPPを視野に入れるなら、農業の若返りや競争力の育成のための農地法の改正は避けられないはずです。事実菅首相は11月16日にかなり大胆に農地法改正の必要を訴えていたのですが、あっさり現状肯定に転じてしまったのです。TPPはさらに遠くなるでしょう。菅首相の政権維持と農業分野の既得権維持の願望が一致したようです。「第三の開国」とやらはいずこへです。いずれにしても、このままでは世界に対する日本のプレゼンスはさらに縮小していくでしょう。








    アテモヤが届いた - 2010.12.03 Fri

    これはなんでしょう?

    アテモヤ1 

    沖縄から届いたフルーツ、アテモヤです。もう8月から予約していて、収穫期になってやっと手にいれることができました。といっても、日本ではまだなじみの薄いフルーツです。釈迦頭というフルーツととチェリモヤというフルーツを交配し、米フロリダで品種改良されました。名前は釈迦頭のブラジルでの呼び名アテ(Ate)と、チェリモヤ(Cherimoya)のモヤから付けられました。食感や風味がパイナップルに似ていることから、台湾では鳳梨釋迦(パイナップル釈迦頭)と呼ばれています。

    釈迦頭というように外見は螺髪(らほつ)がついたお釈迦様の頭のようです。

    螺髪 

    果肉は、パイナップルをねっとりさせたような食感で、完熟させるとクリームのような舌触り強い甘さに、程よい酸味芳香を兼ね備えています。

    アテモヤ2 

    初めてお目にかかったのは、数年前台湾に旅行したときです。台北のスーパーで見慣れぬフルーツを見つけました。シールには「鳳梨釈迦」とありました。名前も珍文漢文です。れ残りだったのか、完熟していました。スターフルーツなどと一緒に買ってきました。まったく期待していなかったのですが、食べてみて、そのすばらしいおいしさにすっかり感動してしました。そのとき撮った記念写真がこれです。

    鳳梨釈迦 
    台湾の鳳梨釈迦

    さあ、帰国してから、折あるごとに、果物屋さんや、デパート、スーパーで捜しましたが、ついぞお目にかかりませんでした。一回だけ東京・市ヶ谷の「私学会館」のパーティで遭遇しました。今回はインターネットで捜して「お取り寄せ」で入手しました。決して安いものではありませんので、そうそうお取り寄せというわけにはいきません。

    台湾のものと比べると、甘みはひけをとりませんが、台湾のもののようなすっきりとしていて、それなのにねっとりした食感と水分には数歩譲ります、やはり、これは気候風土の違いかもしれません。しかし、勤勉な日本の果物農家のことです。沖縄の農家の今後に期待します。ぜひ一度試してごらんになることをおすすめします。ハマリますよ











    桐生倶楽部に込められた「社」の心意気 - 2010.12.02 Thu

    晩秋の1日、群馬県桐生市に行ってきました。(社)「桐生倶楽部」での講演のためです。穏やかな快晴に恵まれ、山々は紅葉に包まれていました。

    桐生倶楽部 

    ●日本資本主義勃興期の心意気

     上の写真が国登録有形文化財の桐生倶楽部会館です。大正時代に輸出織物の好況を迎えた桐生の産業界は、東京の交詢社をモデルに大正7年に「社団法人桐生倶楽部」を発足させました。機屋の旦那衆がこの会館に集まり、ビジネスや文化活動の拠点としたものです。日本資本主義が勃興した時代の桐生の市民の心意気が表された建物です。

    桐生倶楽部の「社員」のみなさんにお話しする前に、阿部高久理事長がここを訪れた方々の記名帳を見せてくださいました。戦前戦後を通じての政治家、経済人などそうそうたる人々の名前は、当時の桐生のエネルギーを感じさせます。

    「会員」ではなく、「社員」ということばに当時の桐生の実業家たちは特別な意味を込めたのでしょう。大修館の大漢語林によると、「社」はもともと「土地の守護神」、そして中国古代の行政単位の意味です。明治維新前後、「社」はあらたな意味を持ちました。坂本龍馬の海援隊の前身は「亀山社中」でした。ある目的・事業のために同志が作る集まりです。明治8年には福地源一郎が英語のsocietyに「社会」という訳語を与えました。「社」ということばには同志の結束という精神が込められています。日本の企業で従業員を「社員」と呼ぶようになったのも、この精神なのでしょう。

    ●天神様は紅葉まっさかり

    天満宮 

    翌日は、桐生天満宮を見学しました。関東五大天神のひとつという由緒ある神社ですが、なによりもその紅葉の美しさに目を奪われました。帰路は35年ぶりにJR両毛線で高崎に出て、湘南新宿ラインで渋谷に向かったのですが、JR桐生駅でわたらせ渓谷鉄道の「わ89-310形」気動車に出くわしました。心を和ませるそのかたちを写真に収めました。

    ●桐生は交通の要衝

    わたらせ 

    わたらせ渓谷鉄道は昔の国鉄足尾線。いまは第三セクター鉄道として桐生から旧足尾銅山の間藤を結んでいます。桐生は鉄道の町です。桐生駅のJR両毛線、新桐生駅の東武桐生線、西桐生駅の上毛電鉄のほか、桐生駅はわたらせ渓谷鉄道の起点駅です。足尾の鉱業、機織の工業の町としての繁栄のなによりのしるしでした。いま、桐生は斜陽ですが、こうした町が再び立ち上がることこそ、日本再生のもといとなるでしょう。
     



    25年ぶりの2ショット - 2010.12.01 Wed

    私の隣に座っている人はだれでしょう?

    MrsNozaki2
     

    久しぶりにゆっくりお話しすることができました。歌手の野崎由美子さんです。今週、東京・四谷三丁目の「ウナ・カンツォーネ」でのライブを家内と一緒に聴きに行きました。鵬いづみさんしぎ翠さんと3人のステージ。野崎さんは「セシボン」「おいしい水」、そして自作の「ニューヨークのパスタ」などを歌ってくださいました。

    でも、野崎さんは、私たちにとっては、歌手というより、元テレビ朝日のアナウンサー。ご存じの方も多いと思います。1985年、私がTV朝日系列のニュース番組「ニュースレーダー」のキャスターを務めたとき、一緒にニュースを伝えました。新聞記者からニュースキャスターになって、いろいろ迷っているときに支えてくれた友人です。

    一緒に写真に収まろうとしたとき、「25年ぶりの2ショットね」と笑っていました。私は完璧にオジサンになっていますが、野崎さんは当時と変わらない、美しく、さっぱりしたすてきな女性です。

    昼は、シンクタンクの研究員、夜はこうしたライブ。多方面の活躍を確認してうれしくなりました。この日は、手のけがを手術した後で、おつらそうでしたが、元気になられたら、また聴きに行きます。
    お大事に!!

    下は年内のスケジュールの一つです。

    Nposter



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    萩谷 順

     はぎたに じゅん

    Author: はぎたに じゅん
    TVコメンテーター
    法政大学法学部教授
    元朝日新聞編集委員
     政治記者、カイロ、ウィーン
     ボン特派員などを歴任
    出演番組
     スーパーJチャンネル(金)
     モーニングバード!(水)
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