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    2017-08

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    シュプリッツァーとスプリッツァ - 2012.02.13 Mon

     オーストリアなどヨーロッパで愛飲されているワインと炭酸の飲み物シュプリッツァーをかつてご紹介しました。hagitani.blog51.fc2.com/blog-entry-193.html
    知人の経営するレストランで供したところ、「女子会でよく出る」と好評なうえ、昨年暮れには某有名レストラン雑誌に「2012年に流行する」と書かれていたのですが、どうやら、こんなことも背景にあったのかなと思わせるできごとがありました。

    2月8日、キリンディスティラリー社がWineSpritzer(ワインスプリッツァ・白)という新商品を発売したのです。「来た来た」とばかりに、我が家で飲んでもらった友人などにお知らせしました。私も、「飲んでみなけりゃね」と近くのスーパーでプロモーション価格108円也を購入して飲んでみました。

    キリン 

    感想は・・・・・・。シュプリッツァーとスプリッツァはどうやら別種の飲み物のようです。オーストリアでは、シュプリッツァーの成分構成は法律で決まっています。Laut § 4 der Weingesetz-Bezeichnungsverordnung ist ein G'spritzter (auch Gespritzter, Spritzer) ein Getränk, das aus mindestens 50 Prozent Wein und höchstens 50 Prozent Soda- oder Mineralwasser besteht. いわく、50%以上のワインと50%以下の炭酸水で作らなければシュプリッツァーとしてワインリストに載せてはならないのです。キリンの製品の原材料はワイン、ウォッカ(!)、糖類、酸味料、香料、チャ抽出物とあります。ワインを単純に炭酸水で割った本場ものとはちがい、キリンのこの商品はいわゆる「〇〇サワー」の一種と思えばよいでしょう。学生や若い人のコンパには向いているかもしれません。

    「シュプリッツァーとスプリッツァは別物か」などと思っていたら、こんなことを思い出しました。30年前のドイツで、でした。当時のドイツでは、フランスやベルギーのビールを「ビール」として売ることはできませんでした。理由は法律それも16 世紀のバイエルン公国の法律です。「ビールはホップと麦芽と水のみでつくること」。これが現代ドイツまで受けつがれてきていました。たまたまチャンネルを合わせた公営テレビの「Pro und Kontra(賛成、反対)のテーマがこの「ビール純粋令」(Reinheitsgebot)は非関税障壁ではないか、というものでした。

    kronen 
    ドイツ語のフランス語表記の商標

    コーンやコメを原料に加えているベルギーやフランスのビールが槍玉に上がる中で、フランスはアルザスのストラスブールの大ビール会社クローネンブルグKronenbourgの当主が出てきて、言ったものです。「私たちは17世紀からビールをつくっていますし、私たちの製品はビールです」。クローネンブルグが創業した1664年、ストラスブールが神聖ローマ帝国の帝国自由都市、すなわちドイツでした。このファミリーはフランス国民になってもドイツ起源の誇りをもってビールをつくってきました。古くメソポタミアを起源とするビールはいまや世界中で醸造されています。ドイツ語圏に7年暮らし、ケルンのケルシュ・ビールを一番好む私ですが、ドイツビールは日本では重く感じます。一般論でいえば、「ビールは地元のものが一番美味しい」と思います。ドイツではドイツビール、フィリピンならサンミゲル、イスラエルならマカベ、韓国ならOB、沖縄だったらオリオン・・・。やっぱり、それぞれ風土にあうように開発された地元のものが一番なのです。

    macabee 
    マカベ・ビール

    さて、キリンが日本人向けに開発したスプリッツァはどうでしょうか? 私の感じでは、ワインの香りがほとんどせず、代わりに金木犀のような香料の香りが前に出たところで、シュプリッツァーとスプリッツァの違いは「ドイツビール」と「その他のビール」の差よりも大きいような気がしました。

    私は、やっぱりワインと炭酸水だけで行きます。ワインは赤です。





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    後ろ向きの一日 レコードを洗う - 2012.01.02 Mon

     新年2日目は穏やかな日でした。二階の窓からは富士山が見えます。元日のマリス・ヤンソンス+ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの余韻で、いささか追憶の一日を過ごしました。

    マリス・ヤンソンスはアルヴィド・ヤンソンスの息子です。父アルヴィドはラトヴィア人の指揮者で(昨日、マリスをロシア人と書いたのは誤りです)、1960年代によく来日し、東京交響楽団などを指揮したのをテレビでよく見ていました。息子マリスはいまやスター指揮者で、CDなどではおなじみですが、1990年代のはじめに朝日新聞の特派員として駐在したウィーンの思い出とアルヴィドの思い出があいまってノスタルジアをかき立てられたのです。

    Arvid 
    父アルヴィド・ヤンソンスのレコード

    ニューイヤーコンサートの演目だったツィーラーの「ウィーンの市民(Wiener Bürger)から、この曲が入っているハンス・クナッパーツブッシュのレコードを聞きたくなりました。「ウィーンの休日」という1975年の日本のロンドン盤です。このレコードにはクナッパーツブッシュの秀品といわれるカレル・コムザークの「バーデン娘(Badner Mädln)」が入っています。「バーデン娘」は1960年代はじめごろ、フジテレビが放送していた午後の映画劇場のテーマに使われた曲ですから、このyoutubeを聴いてみれば、覚えている方もいるでしょう(ただし、高年者のみ)。
    www.youtube.com/watch

    クナ 
    クナッパーツブッシュの「ウィーンの休日」
    日本ロンドン GT9036

    何十回と聴いて、レコードはほこりだらけです。最近仕入れたVPIのレコードクリーナーでクリーニング。そうそう、もうひとつ、1980年代のはじめにドイツ・ケルンにいたころ予備として購入していたドイツTELDECのレコードも洗います。洗浄液にイソプロピルアルコールを使うので、冬の閉めきった部屋で使うと頭が痛くなってきますから、2枚が限度です。この種のレコードクリーナーにも思い出があります。20代のころ住んだ長野市に、「トーチク・ミジック」というよいレコード屋さんがありました。音楽好きの店員さん2人と仲良くなってよく通いました。7~8年前に残念ながらこのお店はつぶれてしまいました。このお店が当時この種のレコードクリーナーを備えていたのです。VPIと違ってたぶんKeith Monksというもっと値の張るものでしたが、この効果は抜群でした。老い先も短いことだし、せめてレコードを気持ちよく聞きたいとVPIのクリーナーを入手しました。VPIのクリーナーも値が張りますが、並行輸入品は正規輸入品の半額でした。

    VPI 
    VPI HW-16.5

    効果は抜群です。すり減った日本ロンドン盤は多少厳しい。でも、あまり聴いていなかった独TELDEC盤は新品同様になりました。使っている装置は前にも書きましたが、35年前のプレーヤーとTANNOYのスピーカーです。ひとつ変わったのは、アンプ。35年前のaccuphaseがさすがにあやしくなったので、日本のTriodeという新進メーカーの三極管A級アンプTRV-A300SERに交換しました。このシステムが醸しだす音は、まさに古き良きウィーンの雰囲気です。

    Liliput 
    プラーターのリリパット鉄道

    子ども時代から想像していたウィーン。現実に住むこともできました。ユーゴ内戦、北朝鮮の核疑惑と仕事は忙しかった中、たまの休日に幼い3人の子と通ったプラーターの公園と遊園地。映画「第三の男」の大観覧車はもちろん、ニューイヤーコンサートにも出てきた全長3キロもあるミニ鉄道リリパットは子どもたちのお気に入りでした。中には「白鳥の騎士」というアトラクションもありました。全長30メートルぐらい、幅1メートルぐらいの楕円形の水路を長さ1メートルぐらいの木造の粗末な白鳥のかたちをしたボートが人に引かれて回るだけの単純このうえないものですが、当時5歳だった次男がお気に入りで、毎回それに乗っていたものです。そんな20年前の思い出にひたって、お化粧を直した「バーデン娘」を堪能しました。レコードのタイトルも「ウィーンの休日」ですから。

    バーデン娘 
    クナッパーツブッシュとウィーン・フィル
    独TELDEC 6.41767AH

    一方、便利な世の中になったものです。カレル・コムザークとはどんな音楽家だったのか、wikipediaをひけばすぐにわかります。クナッパーツブッシュについてもです。昔は、レコードジャケットの裏面解説だけが頼り。でも、輸入盤の裏面解説を理解したくて、高校時代に一生懸命ドイツ語を勉強した甲斐がありました。レコードから聴こえる音に現実を忘れることもできましたし、レコードジャケットの裏面解説とあわせて想像を飛躍させることができたのも、文字と音だけだったテレビ時代以前の世代の特権だったような気がします。

    そんなこんなで、日が落ちていこうとしています。さて、今夜は原稿書きで「書き初め」です。



    60代の「趣味」と「実益」 音楽を高音質で聴こう - 2011.07.22 Fri

    24日の正午をもって、日本のアナログテレビは、被災地の岩手、宮城、福島の3県をのぞいて、その歴史を終えます。テレビ番組の映像は高画質のハイビジョンになります。最初期の白黒のぼやけた映像から比べると飛躍的な進歩です。地デジ移行に伴いさまざまな問題点が出ていますが、やがてそれも解消されるでしょう。しかし、その一方で、ある放送だけは質の低下が余儀なくされていることはあまり知られていません。

    地デジカ 

    ●超高音質のPCM音楽放送も中止に

    それは、放送衛星(BS)を使って、データを圧縮しない超高音質のPCM放送で音楽を流してきた「ミュージックバード」です。有料のミュージックバードは10のチャンネルのうち、クラシック音楽専門の「ザ・クラシック」とジャズ専門の「ザ・ジャズ」が、CDより音質のよい超高音質のPCM放送で、音楽ファンに根強い人気を盛っていました。しかし、昨年、加入者に1通の手紙が届きました。「2011年7月24日で放送を終了します」。今後は圧縮されたデータを放送するデジタルの「Space Diva」に移行します。移行する加入者には、「Space Diva」を受信するためのチューナーとアンテナを無料で提供するというのです。

    ミュージックバード 

    ●地デジ化の巻き添え

    原因は、「地デジ移行」でした。「地デジ移行」に伴い、これまでアナログで放送されていたBSアナログ放送(たとえばNHKのBS1)などはすべてデジタル放送に移行しますが、ミュージックバードはその巻き添えを食ったのでした。BS1やミュージックバードなど有料のBSアナログ放送は、契約者だけが視聴できるように、コンテンツを暗号化して放送しています。契約者は放送事業者からもらったキーで暗号を解除して視聴する仕組みです。ミュージックバードだけそれを続ければよいではないかと思ったのですが。そうはいかないことがわかりました。

    ●暗号化業務ストップとチップ生産停止が息の根とめる

    暗号化を一手に引き受けていた公益法人の放送セキュリティセンターが暗号化業務をやめてしまうこと、BSアナログ廃止をおり込んだ電子機器メーカーが暗号解除に必要なチップ(電子回路)の生産をやめてしまったことがミュージックバード停止の理由です。暗号化ができなければ、有料放送はなりたちません。チップが供給されなくなれば、チューナーも生産できません。ミュージックバードは自前の暗号化やチップの委託生産も検討したとのことですが、ごく一部のマニア向けの商売ですから、コスト負担に耐えきれません。やむなく放送中止に追い込まれたというわけです。

    tuner 
    ミュージックバードのチューナー(上)とSpace Divaのチューナー(下)

    ●同じCDでもPCM放送の音質とCD再生の音質はちがう

    再生音楽の音質というのは微妙なものです。気になり出すと音質やわずかな歪み、ノイズが耐えられなくなります。このため、1メートルのケーブルに10万円以上をかける人さえいるのです。なかにはおまじないもどきの自己流を開発する人もいます。私はそこまでのマニアではありませんが、因果なことに無圧縮のPCM放送のミュージックバードと圧縮されたデジタルの「Space Diva」のちがいはわかってしまいます。このため、ミュージックバード廃止後は、聴き流しには「Space Diva」を使い、本格的に聞くときにはCDに頼ろうと思ったのです。しかし、またあることに気づいてしまいました。これまでミュージックバードで放送された未知の曲で気に入ったものがあると、そのCDを購入し、聴いていたのですが、同じ音源なのにミュージックバードで聴く方がCDで聴くより音質のきめが細かいのです。当然我が家の10年以上使用しているCDプレーヤーのせいだと思いました。そこで、ミュージックバードに問い合せて、スタジオで使っている業務用CDプレーヤーの型番を教えてもらいました。我が家のCDプレーヤーのメーカーと同じでした。そこでそのメーカーに、「業務用機器と同等の現役民生用機器はどれですか?」と問い合わせました。ところが、回答は「ミュージックバードの機器と、あなたのいま使っているCDプレーヤーの音質に変わりはありません」という意外なものでした。

    denon 
    10年以上使用している我が家のCDプレーヤー

    ●「なせだろう?」から始まる楽しみ

    「なぜだろう?」。キツネにつままれたような気持ちでした。PCMチューナーは放送で送られてくる電波をアナログの音声信号にするのが役目です。CDプレーヤーも音楽CDのデータをアナログの音声信号にします。どちらのの音声信号も同じアンプに送り込まれ、スピーカーを動かしているのですから、違うのは放送用業務用プレーヤーと我が家のCDプレーヤーだけのはずです。でも、「?」が出てきたとき、なぜかを調べるのは習性です。幸いいまはインターネットという強い味方がいます。そこから、趣味と実益を兼ねた新しいホビーの道が開けてきました。趣味は、よりよい音質で音楽を聴くこと。実益は、「60の手習い」といいましょうか、新しい技術を使いこなすための勉強による「ぼけ防止」です。(続く)
     

    都会の時間 地方の時間 - 2011.07.21 Thu

    いきなり秋のような肌寒い天気になりました。台風6号が関東南岸で南に進路を変えたため、北の冷たい空気が入ってきたからです。あすからはまた暑さが戻ってくるのでしょう。先週の猛暑の盛りに、調査のため長野に行きました。時間が空いたので温泉へ行こうと思ったのですが、大都会の人間の感覚だと地方では思うように移動できないことを思い知らされました。

    ●電車に乗ったのがまちがいのはじまり

    長野市の南東にある松代温泉が目的地でした。長野駅前からバスに乗れば、30分で着くところです。しかし、「電車で行ってみよう」と思ったのがおおまちがいでした。長野電鉄長野線で須坂に行き、屋代線に乗り換えて松代に着くという寸法です。ローカル電車に乗るのは楽しいものです。乗り降りする地元の人々のさまをながめているだけで、いろいろなことを考えます。ジャーナリストとしては勉強になるひとときです。やがて、電車は須坂駅に着きました。須坂駅はまるで古い電車の博物館です。最新は成田エクスプレスに使用された車両。古いのは1957年登場の2000系、東京メトロ日比谷線に使われていた車両などが見られます。2000系は最近引退したのですが、私が長野市で勤務していたころは花形の特急車両でした。「ローカル線だから接続も急がなくていいだろう」と思いました。その通り、どころではありません。ホームの時刻表を見たら、松代行きはなんと2時間待ちです。


    2000系 
    長野電鉄2000系電車

    ●目的地を変更

    タクシーを使えばただちに松代へ向えます。でも、そんなことをしたら面白くありません。目的地を須坂温泉に変更です。改札口では、ホールにある野菜や特産品の販売も駅員がやっています。観光案内所でもらった案内図と首っ引きで、バスターミナルの時刻表で行動計画を立てます。昼食をとる時間を考えるとすぐに須坂温泉に向かうのは得策ではありません。知人が当主である「豪商の舘・田中本家博物館」を訪れることにしました。以前から「ぜひいらっしゃい」と誘われていたのですが、果たせなかったところです。


    田中本家 
    豪商の館 田中本家 HP

    ●豪商の館のゆったりとした時間

    駅前で20分待って、いそいそとバスに乗りました。しかし、案内図でチェックすると、バスはあっちに曲がったり、こっちに曲がったり。要するに市内中心部を回ってから最終目的地に向かうのです。地方のバスは乗り過ごすとえらいことになります。やっと、「田中本家」近くの停留所で降りました。照り返しの道を300メートルほど歩いて、歴史を感じさせる白壁の邸宅にたどりつきました。薄暗い展示室では「夏の装い」という企画展をやっていました。江戸中期からの格式のある田中家。「夏を快適に、おしゃれにすごしてきた田中家の人々。清涼感溢れる粋な模様の浴衣、洋風なデザインを取り込んだパラソルや帽子、日常の中にある夏の装いの美しさをご鑑賞下さい」という説明通り、興味深いものです。展示室を出ると「春」「夏」「秋」の三つの日本庭園です。まばゆく照りつける太陽の下の日本庭園がこれほどすばらしいとはいままで気づきませんでした。最近愛用の日本手ぬぐいで汗を拭き拭き、建物の広縁に座ると涼しい風が心地よいのです。泉水にはカルガモの親子が。しばし、無念無想の境地です。時刻は午後1時を周りました。冷房の効いたお休みどころでとろろそば(950円也)をいただいていると、磨き込まれた窓ガラス越しの庭園の景色がひとしおです。となりのテーブルは予約席で、すてきなお弁当が用意されています。テーブルのメニューにはない品ですが、心をそそられます。やがて、親子とみられる年配の女性が2人現れました。お弁当をいただいている2人の時間は、あきらかに私の時間よりゆっくり流れているようです。おかげで、私もゆったりとした時間を久しぶりに味わいました。

    庭園 
    お休みどころから見る庭園

    ●温泉は須坂で

    さて、次は須坂温泉です。2キロ以上も離れた道を炎天下歩くのは無理です。直行のバスはありませんので、やむなくタクシーを呼んで向かいました。こういうとき携帯電話はほんとうに便利です。須坂温泉・古城荘はひなびたいなかの温泉です。お湯から出て、ほてりをさましていると、部活帰りでしょうか、女子中学生が3人、お湯から出てきてアイスクリームを食べています。

    ●路線バスに乗るのはむずかしい

    さあ、長野へ帰ります。こんどはバスで帰ろうと受け付けの人に停留所を尋ねると、なにかもごもごいっています。歩いて5分ぐらいのところにあること、とる道もわかったので停留所に向いました。そのとおりに停留所がありました。すぐそばには木造の古い公民館があり、「信州岩波講座」と書かれた旗が立っています。「さすが、信州だな」と思いながら、標識のそばのコンクリートの胸壁に腰をかけて待ちました。バスは予定時刻には来ません。標識のところにいるのだから、乗れないことはないと確信して、ちょっと下を向いていたら、バスが通過していきます。反対方向のだろうと思ってみると、なんと「須坂駅行き」ではありませんか。バスは2車線の道路の標識とは反対側の車線を通過していったのです。古城荘の受付の人がもごもごいっていたわけがわかりました。「標識は片側にしかない」「標識の向かい側で待て」といっていたのです。後の祭りとはこのことです。次のバスまではずいぶん間隔があります。そういえば、さっきの女子中学生3人もママの迎えのクルマで停留所の前を通っていきました。結局、携帯でタクシーを呼ぶことになりました。

    ●苦労したごほうび

    「地方ではクルマなしでは生活できない」といわれます。長野は土地勘のあるところですが、公共交通機関だけで動こうと思ったら、いまのノウハウを身につけなければならないのです。しかし、おかげでゆったりとした時間を体験しました。田中本家にはまた行きたいと思うのですが、クルマで行っていたら、今回のような体験はできなかったでしょう。バスを待ち、暑い道を歩いてたどりついたごほうびだったのだと思います。

    80 

    停留所のそばにはこんな立て看がありました。いわく「80出して40で死ぬか 40で80まで生きるか」。妙に胸に落ちる標語でした。

     

    美しき5月 ウィーンの花と音楽 - 2011.05.09 Mon

     Der schoenste Mai 'st gekommen. 美しき5月になりました。3月11日以来、このブログもほとんど大震災とそれに関連する政治、経済、社会をテーマにしてきました。被災された方々や、日本の将来を思うと心は晴れないのですが、きょうは、美しき5月のオーストリア・ウィーンの花と音楽の話です。

    ●ドナウのほとり葡萄の花咲く頃

    テレビもなかった子供のころ、外国への窓のひとつが母のSPレコードでした。兄弟たちで堅いクラシック音楽に傾倒する中で私が密かに浮気していたのは第2次世界大戦前のドイツ映画の音楽でした。25㌢のSPにAn der Donau wenn der Wein bluehtという女声の魅惑的な歌がありました。華やかで艶っぽいその歌のタイトルが「ドナウのほとり葡萄の花咲く頃」という意味だと知ったのは高校に入ってドイツ語を第1外国語として選択してからです。しかし、いつの日かそのSPレコードは割れてしまいました。1991年、朝日新聞の特派員としてウィーンに赴任した際、その歌のレコード、あるいはCDを探しました。後にドイツのボンに赴任したときにも折りにふれて探しました。インターネット時代を迎えて検索を繰り返したのですが、しばらくはこれも空振り。このゴールデンウィークにyoutubeでやっとそれを発見しました。



    私が聴いていたのはトーキー初期の音楽映画「Waltzerkrieg(ワルツ合戦)」の主題曲で主演のRenate Mueller(レナーテ・ミュラー)が歌ったものですが、youtubeにアップロードされていたのは戦後ドイツの国民的歌手Peter Alexander(ペーター・アレクサンダー)が1963年に歌ったものです。Renate Muellerはナチスのお気に入りだったのですが、31歳でゲシュタポに殺害された、あるいは自殺したという悲しい最後があることも知りました。

    Muller 
    レナーテ・ミュラー

    ●ウィーンの爛熟した文化


    欧州中部の大国であったハプスブルク帝国の爛熟した文化の息づかいはヨハン・シュトラウスIIの「こうもり」やレハールのオペレッタで知ることができますが、この歌もその余韻を伝えるロマンティックな郷愁に満ちあふれています。そして、子供の頃に心に刻み込んだイメージは、ウィーンに住んだ1年半余にそのまま目の前に現れました。

    それは、なんといっても「美しい5月」です。ウィーンはアルプスの東の外れに位置します。そして、ウクライナやハンガリーの平野につながるため、寒くて暗いドイツとは大きく異なり、春から夏は穏やかな晴れに恵まれます。ドナウ川の中の島にある広大なバラ園はあたり一面が豊かなバラの香りにあふれています。古く広壮な町並みのあちこちには、住民が植えた花が咲き誇ります。我が家から歩いて5分ほどにはBeethovengang(ベートーベンの散歩道)があります。第6交響曲のテーマが浮かんだという林の中の道です。

    beethovengang 

    ●ウィーンの春は花とホイリゲ

    中でもすばらしいのは、私の住んでいたウィーン北部のSievering(シーフェリング)という町です。東京でいえば世田谷区でしょうか。ベートーベンの遺書で知られるHeiligenstadt(ハイリゲンシュタット)からウィーンの森へ向かう大通り、Sieveringerstrasse(シーフェリング通り)は緩やかな斜面をうねうねと登ります。両側には、かつては貴族や金持ちの別宅だったような豪奢な家が建ち並び、その前面は5月には色とりどりの花壇です。

    当時、私の仕事はユーゴスラビアの内戦、ウィーンの国際原子力機関(IAEA)が管轄の北朝鮮の核開発問題、旧ソ連のクーデター騒ぎ、さらにはパレスチナの和平交渉など、ほとんどが殺伐たるものでした。そうしたとき、映画「第3の男」の大観覧車で知られるプラーターの遊園地の花や、車で通るシーフェリング通りの花壇が心に刻み込まれました。当時、息子たちは、8歳、5歳、1歳でしたから、せっかく音楽の都に住みながら、オペラや音楽会に行く心の余裕はなかなか生まれません。家族での外食も市中のしゃれたレストランではなく、家の近くの庶民的なワインレストラン「ホイリゲ」です。ホイリゲはワインの新酒のこと。田舎づくりの建物や花にあふれた内庭で、その年の新酒を提供します。料理もありますが、町の人々は料理持ち込みという気の置けないところです。プラーターの子供だましのような遊具「白鳥の騎士の舟」が大好きだった5歳の次男はホイリゲに歩いて行くとき、ハイリゲンシュタットにひっかけて「ホイリゲンシュタット、ホイリゲンシュタット」とリズムをつけてくちずさんでいたものです。

    Heurige
    ホイリゲで憩う人々


    そんなウィーン郊外の5月の雰囲気に満ちた歌が、ヨハン・シュトラウスIIのDraussen in Sievering blueht schon der Flieder「郊外のシーフェリングではもうフリーダーの花が」という曲です。CDはウィーンで入手していましたが、今回、やはりyoutubeで発見しました。ウィーン・フォルクスオーパーの歌手マルティーナ・ドーラクの歌です。




    ●ウィーンのライラックは濃い

    この濃い雰囲気はシーフェリングとフリーダーの花そのものです。ワインで酔ってからお聞きになるとさらに効果抜群です。youtubeが始まって1分ぐらいに現れる庭のセットシーン。建物の壁の色は18世紀の女帝マリア・テレジアが好み、シェーンブルン宮殿に使ったMaria-Theresiengelb(マリア・テレジアの黄色)をバックにフリーダーが登場します。フリーダーはライラック(リラ)。ライラックの花言葉は、友情・青春の思い出・純潔・初恋・大切な友達などですから、可憐なイメージを持っている方が多いと思いますが、ウィーンのライラックは、枝も隠れんばかりに厚く、こんもりと咲きます。可憐というより、圧倒的な色香です(videoのライラックはセットのせいか少し元気がない)。ちなみに日本では宝塚歌劇の歌として知られる「スミレの花咲く頃」という歌がありますが、この本歌はスミレではなく、リラの花のようです。"wenn der weisse Flieder wieder blueht"。そうだとすると、だいぶイメージが変わってくるな、などと考えたゴールデンウィークでした。







    なつかしい味に三陸・宮古で再会 - 2011.02.07 Mon

    岩手県宮古市を1月下旬に訪れたときに、子どものころ、よく我が家の食卓にのったなつかしい食材に再会しました。というより、以前から探していたものが三陸沿岸の特産であることをつきとめたのが先で、宮古を訪れる機会を得たのが後なのです。それは「メロウド」という魚の干物です。文章で描写するより、まず写真を見てください。

    メロウド 

    ●稚魚はおなじみだが、成魚はなじみ薄のメロウド

    トレイの上の冷凍状態メロウドは1尾約20センチほど。サヨリのようなスマートな姿ですが、実はアブラののった濃厚な味わいの干物です。これはイカナゴで、稚魚は地方により「コウナゴ(小女子)」、「シンコ(新子)」と呼び、成長したものを「メロウド(女郎人)」、「フルセ(古背)」と呼びます。「なあんだ」と思われる方も多いと思います。稚魚はチリメンや佃煮にした「イカナゴのクギ煮」でおなじみです。でも、ここまで成長したものはあまりおなじみではないと思います。

    ●安すぎる美味 地元では引っ張りだこ

    宮古の市街に行って最初に向かったのが佐々由商店。インターネットで「メロウド」の干物を扱っていることを突き止めていたからです。「メロウドの干物はありますか」と尋ねると、年配の女性店員が「メロですか?きょうあるかどうか?ちょっと見てきますね」といって、しばらくして持ってきてくれたのが写真のメロウド君です。春に獲れる魚なのですが、最近では冷凍保存しています。でも、宮古の人にはおなじみの郷土の味。店頭に出すとすぐ売り切れてしまうそうです。それもそのはずです。お値段は1パックなんと230円。稚魚であるコウナゴの市場価格は1キログラム当たり1000円ほどなのに対し、成魚のメロウドは100円以下と、成長するのに伴い価格が下がってしまうため、ほとんどが魚の養殖用の餌として出荷されてしまいます。

    マダラ 
    宮古市の魚菜市場には全長80センチもある旬の真ダラが

    ●少量生産の安い食品は大都市には縁遠く

    宮古では岩手県漁連の会長さんらにもお会いしましたが、「なんで知っているの?」と不思議がられました。昭和30年代。東京・下高井戸駅前のマーケットには、お魚やさんが2軒ありました。いまは老齢化が進んでいますが、当時は食べ盛りの子どもの大勢いる住宅街でした。その食欲を支えるお店はそれはそれは繁盛していました。そのうちの一軒には地方のお魚やさんの跡取りが修行に来ていたものです。後年、朝日新聞長野支局時代に知り合った長野市の大きな魚やさんの若旦那もここで修行したと聞いて驚いたことがあります。

    焼きメロウド 
    水分が抜けるようにトースターで焼き上げたメロウドの干物

    下高井戸ではメロウドは「メロト」という名で扱われていました。亡くなった母がよく買ってきてくれました。私たちは、シシャモよりおいしいと思い、喜んで食べました。宮古で値段を聞いてなるほどと思いました。カギは値段にあったのでしょう。東京生まれ東京育ちの母がメロウドを昔から知っていたわけはありません。「安い」+「子どもが喜ぶ」=家計のやりくり、という方程式です。しかし、いつの間にやら、メロウドは東京では見かけなくなりました。コールドチェーンの発達大量一括仕入れ大量販売のスーパーマーケットが大都市の消費者市場を支配するようになって、少量しか生産されず、利幅の小さな商品は生産地周辺にしか出回らなくなったのです。いわば、冷凍マグロにメロウドははねとばされたのです

    ●マツモは少量生産、高価の故に縁遠く

    宮古ではもう一つなつかしい味に出会いました。それはマツモです。北海道,本州太平洋岸犬吠埼以北でとれる海藻。マツモは大変美味で、 そのまま「生マツモ」として,また乾燥させて「干マツモ」焼マツモ」などに加工され,販売されているのですが、これは収穫期が制限される貴重品になりました。いまや5グラム小分けの乾燥マツモが5袋パックされて840円もします。盛岡駅の物産店では「今シーズン初の生マツモ入荷しました!」と「!」マークつきです。

    マツモ 
    貴重品になったマツモ

    マツモも母がよく買ってきてくれました。焼きマツモをなまり節を焼いてほぐしたものとあえて我が家のお総菜の常連だったのですが、いつのころからか手に入らなくなりました。「メロウド」とは逆に高くなってしまったこともあり、大都市への流通チェーンにのらなくなったのですね。何でも手に入るようになったと思っている大都市住民ですが、「メロウド」や「マツモ」のように大量仕入れ・大量販売から抜け落ちた美味は、やはり産地に行かなくては手に入らなくなりました。しかし、いったん入手先を確認すれば、通販で手に入るのも現代です。これからはときどき「メロウド」を味わうことでしょう。




     

    「デモス」の恐怖 映画「アレクサンドリア」の寓意 - 2011.01.08 Sat

    3月5日に公開されるスペイン映画「アレクサンドリア」(2009)の試写を見てきました。ローマ帝国末期に伝説を残した実在の天文学者をヒロインにした物語で、ヒロイン・ヒュパティアを「ハムナプトラ」のレイチェル・ワイズが演じ、アカデミー外国語映画賞(2005)を受賞したチリ生まれのアレハンドロ・アメナーバルが監督した2時間余の大作です。広報資料にあった「彼女の運命を見届けた時、あなたは気づく。2011年の世界が、このアレクサンドリアにもあったことに――」というコピーがそのまま、胸に突き刺さってくる映画でした。

    ●ストーリーは――

    レイチェル・ワイズ 

    4世紀のエジプト、アレクサンドリア。ローマ帝国は崩壊寸前で、繁栄を極めたこの都市ににも混乱が迫りつつあった。その渦中、類まれなる美貌と明晰な頭脳を持った女性天文学者・ヒュパティア(レイチェル・ワイズ)は、分け隔てなく弟子たちを受け入れ、講義を行っていた。彼女は訴える。「世の中で何が起きようと、私たちは兄弟です」生徒でもあり、後にアレクサンドリアの長官となるオレステス(オスカー・アイザック)、そして奴隷ダオス(マックス・ミンゲラ)は密かにヒュパティアに想いを寄せる。やがて科学を否定するキリスト教徒たちと、それを拒絶する学者たちの間で激しい対立が勃発。戦いの最中キリスト教指導者は知る、この都市の有力者たちに多大な影響を与えているのはヒュパイディアだということに。そして攻撃の矛先は、彼女に向けられたのだった――(広報資料から)

    ●これは単なる史劇ではない

    キリスト教 

    古代アレクサンドリアの図書館を舞台に天才女性天文学者とその弟子たち、古代エジプトやギリシャ・ローマの神々を信ずる学者、キリスト教に救いを求めた貧しい民衆、ディアスポラのユダヤ教徒、そしてキリスト教を国教としたローマ帝国の権力が入り乱れて混乱に陥っていく物語です。アメナーバル監督の目標は「観客を”CNNの取材チームが、4世紀に起きたことをドキュメンタリーにしたものを見ている”気分にさせることだった」といいます。それはもののみごとに達成されているといってよいでしょう。私も暗い気持ちにさいなまれながら、手に汗を握りました。これは単なる「史劇」ではありません。むしろ近未来ドラマと理解した方がよいのです。

    ●時と空間を超える様々な寓意

    gods 

    見る人はこの映画から、さまざまな寓意を引き出すことができます。地動説に行き着くヒュパティアの推論は、科学への素朴なあこがれと畏敬をかきたててくれますしし、西欧の人々がいう「明晰だった古典古代から中世への暗転」を具体的に理解する手立てにもなります。そして、その暗転をもたらしたのが宗教だったことを知ります。”知”の象徴の図書館が、貧しい者に救済を与えるキリスト教によって破壊される様を信じられない人もいるでしょう。そこからバーミアンの大仏を破壊したアフガニスタンのタリバーンを連想する人もいるでしょうし、キリスト教への冒涜だと怒る人もいるでしょう。この映画の別のモチーフは、エリートと民衆の対立です。ここからは「民主」とは何か、「平等要求」とは何かという根源的な疑問がわいてきます。そのほか時代を超え、国や民族を超える意味を持ちうる映画だといえます。

    ●邦題「アレクサンドリア」は残念

    agora 

    原題は「アゴラ」です。「アゴラ」は古代ギリシャ語の「広場」。日本の中学生でも知っています。古代ギリシャのいかなる国家でも「民会」の開催場所を意味する、「デモクラシー=民主政」を象徴することばです。「知の滅亡」を伝える映画に「アゴラ」という名を与えたところにアメナーバル監督のメッセージがあったような気がするのですが、邦題の「アレクサンドリア」ではそれが伝わってこないのがいささか残念でした。




     

    スルメイカ 塩辛になるためにうまれてきたのか - 2011.01.04 Tue

    新年初仕事は、イカの塩辛づくりでした。水道の水も十分冷たくなったので、イカを洗っても身を痛めなくなりました。夕方スーパーへ行ったら、ちょうどよい加減に解凍途中の刺身用スルメイカがあったので2ハイ購入、帰宅して大学1年生の息子に「おい、塩辛つくるぞ」と声をかけたら、「やろう、やろう」というわけで、夕飯前の一仕事です。

    ●冷たい水で身を洗う

    イカの胴のすそから指を入れて、ゲソ、頭と一緒にゴロ(ワタ)を抜き取って、イカさんが入ってきた発泡スチロールのトレイに寝かせて粗塩をふります。エンペラのついている部分の反対側にタテに包丁を入れて胴を開いたら、冷水で洗いながら内側の部分の軟骨など余計なものを取り除き、身ひとつにします。このとき、水が十分に冷たくないと身が変質してしまうので、夏場は氷水で洗います。

    ●かんたんに皮をむくには

    イカ4 
    手ぬぐいで皮をつまんでむく

    次が皮むき。前にテレビを見ていたら、エンペラの付け根に指を入れてつまみ、一気にむくときれいにむけるとか。北海道の人はみんなできるそうです。ディレクターが函館の路上でつかまえたギャルにやってもらったら、手早く見事にやってのけたのには、舌を巻きました。ギャルいわく「子供のときから、家でいつもやってるもん」。そうなんでしょうね。やってみたら、うまくいきました。しかし、今回は手ぬぐいを使ってむく一般的なやり方でやりました。

    ●保存料、添加物なしのほんものの塩辛

    イカ 
    包丁を持つのは息子です

    皮をむいたら、身の形を整えて、好きな大きさの短冊に切ります。それを密閉ポリ容器に入れたら、日本酒を適宜加え、塩しておいたワタをしごいて中身だけを加えます。このとき、ワタを裏ごしすると、実に上品なものができるのですが、家庭用なので省略。好みに応じて塩を加えてよく混ぜます。今回は我が家の庭でとれた小さなユズの皮を入れて、冷蔵庫にポン。2日ぐらいで食べ頃になります。一日に2回ぐらいかき混ぜてやると、うまく熟成するようです。保存料や添加物なしのほんとうにヘルシーで、おいしい塩辛ができます。

    ●塩辛になるために生まれてきた?

    イカ2 
    左は冷蔵庫に入る前の塩辛、右は醤油と七味で下味をつけたゲソ、エンペラ

    材料はスルメイカ、粗塩、日本酒、ユズだけ。身をつけ込むワタをたっぷり抱え込んでの人間様のご用になるスルメイカは、ほんとうに「塩辛になるために生まれてきたような生き物だと、私はいつも感動しています。イカ2ハイなら10分ぐらいでできてしまう簡便さでもあります。

    ●エンペラ、ゲソもお忘れ無く

    イカ3 
    ゆうべの酒のサカナです

    次に頭からゲソの部分を切り取って、カラストンビ(クチバシ)を取ったものとエンペラに醤油をかけ、七味唐辛子を振ったものをグリルで焼きます。塩辛は当日の酒のサカナにはなりません。そこで、お待たせして申し訳ないとばかりに、ゲソ焼き、エンペラ焼きを酒のつまみに提供してくれます。熱燗で一杯。2日後が楽しみです。




     

    被害者が司法に納得しないとき 映画「完全なる報復」 - 2010.12.24 Fri

    また映画の話です。来年1月公開のアメリカ映画「完全なる報復」です。

    完全なる報復 

    ●復讐と法の戦い

    妻と娘が残忍な手口で殺された。犯人の男は共犯者を検察に売り、共犯者が死刑判決を受ける一方で司法取引によって罪を逃れます。共犯者の処刑の日から被害者の報復が始まります。「復讐のために法を破る男」と「検事として法を守る男」は知力の限りをつくしての戦いを繰り広げます。想像を超える憎悪と復讐の手段は見ている者に身の毛もよだつ思いをさせるでしょう。復讐は単に犯人に向けられるだけでなく司法制度全体に向けられます。「正義とは何か」を厳しく問いかける映画です。

    ●刑罰の本質は「復讐」、それとも「教育」

    テミス 
    正義の女神テーミス

    刑罰や司法制度はいま、洋の東西を問わず揺らいでいるようです。西欧諸国の多くが死刑制度を廃止する中で、死刑制度を存続させている日本では、死刑の是非についての論議が声高に行われています。さまざまな論点のひとつに「刑罰は応報なのか、教育なのか」があります。刑罰を科す主体が被害者ならば、教育刑という考え方は出てきません。刑罰を社会が行うからこそ、教育という考え方が出てきます。しかし、長い人類社会の歴史で刑罰は応報でした。古くから家族間、部族間で行われてきた復讐です。しかし、復讐は復讐を呼び、復讐の連鎖が起きます。そこで出てきたのが社会による復讐の代行=刑罰です。社会が復讐を代行すれば復讐の連鎖が起きにくいからです。

    ●映画「アラビアのロレンス」が示す刑罰の本質

    ロレンス 

    映画「アラビアのロレンス」に出てくるベドウィンのガシームの処刑はそれを見事に表現しています。死のネフド沙漠を越えてアカバを攻撃する前夜、一方の部族の男が争いから別の部族の男を殺してしまいます。殺された男の部族は復讐を呼号します。このままではアカバ攻撃は水泡に帰します。英国人のロレンスは「私はどちらの部族にも属さない。私が処刑すればうらみは消えるか?」と銃をとります。ロレンスの前に引き据えられたのは遠征の当初からつき従い、一度はロレンス自身が命を救ったガシームだったのです。ロレンスは引き金を引きました。そして2つの部族は協力してアカバ攻撃を成功させます。

    ●刑罰は正義を実現できるか?

    復讐の権利を被害者から奪い、刑罰(復讐)を社会が代行する以上、復讐に相当する行為が実行される必要があります。教育はあくまでもそこから派生するものです。日本では、最近被害者の気持ちに量刑がそぐわないという不満が拡大しています。裁判員制度の導入は、それを是正する役割も負わされているのですが、映画「完全なる報復」の舞台アメリカには「司法取引制度」があります。完全な正義が実現できそうにないときに、容疑者との取引によって部分的正義を実現する仕組みです。部分的正義でも正義がまったく実現できないよりはまし、というプラグマティックな考えがその底にはあります。

    しかし、被害者がそれに納得しなかったときは? それをこの映画は
    violentに問いかけています。

     

    来年のアカデミー賞? 映画「英国王のスピーチ」 - 2010.12.23 Thu

    来年2月に公開されるイギリス映画「英国王のスピーチ」を見てきました。試写会の案内にヘレナ・ボナム=カーターの名前を見つけたのが動機でした。ヘレナ・ボナム=カーターは最近では、「アリス イン ワンダーランド」(2009)の赤の女王役で知られていますが、私は「眺めのいい部屋」(1986)以来のファンです。フィレンツェを舞台にしたきわめてブリティッシュな私小説映画ですが、新人だったヘレナはベテラン女優マギー・スミスと実にすばらしいハーモニーを醸し出していました。

    ヘレナ 
    赤の女王のヘレナ・ボナム=カーター

    ●吃音症だった戦時の英国王

     「英国王のスピーチ」は、王冠を賭けた恋で知られるエドワード8世の退位を受けて即位したジョージ6世のプライバシーに関わる映画です。ナチス・ドイツと対決する宿命にあったジョージ6世は吃音症だったのです。ジョージ6世がどのようにしてそれを克服し、国民をひとつにまとめ鼓舞したか、を解き明かします。

    ●演技派目白押しのブリティッシュな映画

    イーリー 
    ジェニファー・イーリー

    映画が始まって驚きました。ジョージ6世には「マンマ・ミーア」
    (2008)のハリー役だったコリン・ファース。ヘレナ・ボナム=カーターはその妻エリザベス。ジョージ6世の吃音症を治療するオーストラリア人ライオネル・ローグに「恋に落ちたシェークスピア」(1998)の小屋主ヘンズローを演じたジェフリー・ラッシュ(パイレーツ・オブ・カリビアンのバルボッサといった方が早いかも)。そしてローグの妻マートルに「抱擁」(2002)の運命の女性クリスタベル・ラモットを演じたジェニファー・イーリー。いずれも演技派、そして私の大好きな俳優たちのオンパレードです。セリフには「lovely」とか「bloody」といった単語がいっぱいでてくるブリティッシュぶりです。kinging(王様する)なんて表現も。

    ●「ヨーロッパで最も危険な女性」

     mum elizabeth 
    ジョージ6世と  第2次大戦中、兵士を慰問するエリザベス妃
    エリザベス妃

    英王室を扱いながら、大仰な構えはありません。広角レンズを多用した心のドラマです。ローグの記録をもとにした脚本化は30年以上前に企画されながら、ジョージ6世の妻エリザベス皇太后が、自分の生きている間は公にしてほしくない、と許可を与えなかったため見送られていたそうです。そのエリザベス皇太后は現在のエリザベス2世女王の母でもありますが、第2次世界大戦中のナチス・ドイツによる英国爆撃との戦い(Battle of Britain)で国王を支え、国民を鼓舞したことで、ヒトラーをして「ヨーロッパで最も危険な女性」と呼ばしめたそうです。

    ●王室秘話に留まらない現代的価値

    elizaII カミラ 
    エリザベス2世女王    チャールズ皇太子とカミラ夫人

    エリザベス皇太后は2002年に亡くなりました。戦争を前にしているのに国民よりも不倫相手の女性を選んで退位した先王に代わった内気な性格の夫を支え、The Queen Mum(女王のおっかさん)として国民に敬愛されました。この英国民のドラマの主役をヘレナ・ボナム=カーターは見事に演じています。いま、英国女王エリザベス2世は在位60周年を目前にしています。しかし、その後継者問題はいささか混沌としています。ダイアナ妃の悲劇を生んでまで長年のガールフレンドと結婚したチャールズ皇太子は映画中のエドワード8世と重なります。国民の統合の象徴としての君主の役割は国民の支持がなければ果たせません。チャールズ皇太子を飛ばしてダイアナ妃の息子ウィリアム王子に王位を継がせることを望む声は小さくないようです。現代の君主とは何か、国民の統合とは何か、この映画は単に王室秘話にとどまらず、われわれ日本人に対しても現在的示唆に富む映画です。2011年のアカデミー賞の有力候補という看板にいつわりはありません。


     

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     はぎたに じゅん

    Author: はぎたに じゅん
    TVコメンテーター
    法政大学法学部教授
    元朝日新聞編集委員
     政治記者、カイロ、ウィーン
     ボン特派員などを歴任
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