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    1年遅れの卒業式 - 2012.03.24 Sat

     きょうは法政大学の学位授与式(卒業式)でした。法政大学は毎年、3月24日に日本武道館で卒業式を行います。卒業式に出席した学生たちは歩いて市ヶ谷の大学キャンパスに戻り、そこで学科ごとに学位記を授与されます。なぜかこの日は毎年雨が多く、和服に袴の女子学生たちはけっこう難渋するのです。ことしも雨がうらめしい卒業式でした。

     私は日本武道館には行かず、私が指導教員を務めた韓国人女子学生の修士学位記授与に立会いました。中国人の女子学生も和服、袴姿なのが印象的でした。韓国人女子学生は国に帰って仕事をさがすそうです。そのあと法学部国際政治学科の学士学位記授与に立会いました。ゼミの学生たちの顔を一堂に見られる最後の機会です。学生たちも社会に巣立つ前のひとときを同級生と楽しんでいました。

     すると、去年卒業したはずのS君がそばに立っていました。S君は私のゼミではありませんでしたが、講義のあとキャンパスを一緒に歩きながらいろいろ質問する熱心な学生です。きいてみると、卒業式に参加したのだそうです。彼らの卒業式は東日本大震災と原発事故のあおりで中止になりました。同級生たちと別れを惜しむ余裕もなく社会に巣立っていった学生たちを招いたのは「大学総長の味な計らいです」(S君)とうれしそうでした。

     それだけではありません。「社会に出て1年たってからの卒業式は感動的でした。社会人生活を経験したおかげで、ふつうに4年生の3月に卒業するよりも、きょうは1年前までの学生生活をより深く思い返すことができましたし、社会に出たということの意味もよくかみしめることができました」とS君はいいます。

     ほかにも、一回りも二回りもスケールの大きくなった1年前の卒業生の顔がありました。そして何よりうれしそうだったのは、ことしの卒業生たちでした。私のゼミ生たちは、大好きだったゼミの先輩たちと一緒に卒業を祝えるという稀有な機会に恵まれました。昨日は後輩たちによる追い出しコンパで私もみんなと大騒ぎして、いささか疲れていたのですが、すばらしい卒業式に立ち会えた満足感でその疲れもどこかにいってしまいました。彼らのこれからの幸福を祈ります。
     
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    everything is writtenか? 映画「127時間」 - 2011.02.26 Sat

    6月に公開される映画「127時間」の試写会に行きました。2008年に8部門のアカデミー賞に輝いた「スラムドッグ ミリオネア」のダニー・ボイル監督の最新作です。2月28日(日本時間)に発表される今年のアカデミー賞で「127時間」は作品賞など6部門にノミネートされています。

    ●実話の迫真力

    aron 
    アーロン・ラルストン(28歳当時)

    「127時間」は実話です。2003年4月、当時28歳だったアメリカ人青年アーロン・ラルストンはユタ州ブルージョン渓谷でハイキング中に細い岩場の割れ目に転落し、同時に落ちてきた岩と岩壁の間に右腕を挟まれてしまいます。アーロンは右腕を抜こうと努力しますが、岩はまったく動きません。ボトル1本400mlの水とわずかの食料で死を待つしかない中で、彼は最後の記録をデジカメとビデオカメラに収め、岩壁に名前と生没の日付けを刻みます。いよいよ水も尽き、脱水症状でもうろうとする中で、アーロンは自らを窮地から解放することに成功します。その間127時間のドラマです。

     ●極めて抽象的なモノドラマのよさ

    「断崖に右腕を挟まれた若き登山家。そして彼は”決断”した」。案内状のメッセージにはあまり期待していなかったのですが、延々と続くモノローグドラマに次第に引き込まれていきました。最後のクライマックスでは、隣の女性はハンカチで涙をぬぐっていました。おそらく、私の感動は彼女とは違うところにあったのでしょう。酷薄な自然の中でのちっぽけな人間1人。状況自体は単純明快な物理的な危機ですが、極めて抽象的なモノドラマです。解釈を強制する約束ごとが少ないため、人はそれぞれのやり方で解釈できます。

    現場
    映画の中での”遭難現場"

    ●アーロンの心境


    私に訴えかけたのは、アーロンがいよいよあきらめかけたときの心境です。自由を愛するアーロンは自分の人生の身勝手さに思いをめぐらせます。遠く離れた母親がかけてきた電話。留守電のスピーカーでそれと知りながらも電話に出ない息子です。ブルージョン渓谷に行くときにも、だれにも行く先を告げていません。友人が捜索願いを出しても、捜索が始まるときには自分は死んでいる。

    ●決定論を乗り越えたアーロン

    大自然の落とし穴に落ち、そこから脱出するすべがないと悟ったアーロンは「すべてが自分が招いた結果」と思います。そして、「生まれるずっと前から決められていたこと」と考えます。
    everything is written(すべては前もって定められている)。一種の決定論、運命論です。everything is writtenは私の好きな映画「アラビアのロレンス」に出てくることばです。死のネフド砂漠を越えてトルコ軍のアカバ基地を攻撃しようとするロレンスに対して、ベドゥインのリーダーは失敗を予測してeverything is writtenといいます。「神の意思で定められている」という意味です。そして、奇跡を実現したとき、ロレンスはnothing is writtenと言い放つのです。「127時間」の場合は、アーロンが生還したこと自体がアーロンの「決定論」への否定です。

    ●窮地からの脱出の道はコードから解放されること

    andes 
    ウルグアイ空軍機の墜落現場

    では、どのようにしてアーロンは生還できたのでしょうか? 公開前の映画のネタばらしはルール違反ですからいたしませんが、アーロンが生命と社会、すなわち人間の約束ごと(コード)から自らを解放した行為がカギです。「絶体絶命という状況」と「生存」の二律背反をどう解決するかの道をアーロンは見つけ出したのです。このとき、私は「アンデスの奇跡」を思い浮かべました。1972年、ウルグアイ空軍機がアンデス山中に墜落しました。乗員乗客45人は絶望視されましたが、72日後になって16人が奇跡の生還を遂げます。彼らは死者の肉を食べて生き延びたのでした。「人間は人間の肉を食べてはならない」。これは人間にとってもっとも根源的なコードです。彼らはそれを破りました。カトリック教徒だった彼らは、死者の肉を「聖餐」と解釈することによってコード破りを乗り越えました。「127時間」と「アンデスの奇跡」は「神に近い存在=大自然」によって与えられてしまった絶体絶命と生存の二律背反というところで似かよっているのです。

    ●社会の割れ目に落ちた人々への寓意

    「127時間」を見終わったとき、私はアーロンの生還を喜ぶより、もっと重い課題を背負わされていると感じました。私は社会の割れ目に落ちてしまい、固定されてしまったと思っている多くの人々とりわけ若者たちを想起しました。人生の落伍者、落ちこぼれ、引きこもりなど、さまざまなネガティブな命名をされてしまっている人々です。多くの場合、その境遇が「自らまいた種」であることは事実です。でも、それは「そこから脱出できない」と同義語ではありません。脱出の道は、「それはできないとの人それそれの思い込み」から脱出することにあります。自分をがんじがらめにしているコードから自らを解放する。アーロンの決断と実行はそれを示しているのです。

    ●見る苦痛の価値あり

    kippa 
    講演するアーロン

    アーロンは生還後、結婚し、子どもに恵まれました。そしていまなお登山を続けているそうです。遭難前とで変わったのは、山行のとき必ず「行き先」を告げるようになったことです。体験を語る講演はひっぱりだこで、講演料は1回2万5000ドル(約200万円)!。でも、その価値はあるでしょう。映画「127時間」は、見るのに苦痛を感じるシーンもありますが、それを超越したよい映画です。学生たちにはぜひ勧めようと思っています。




     

    ローカル線 高校生 - 2011.01.15 Sat

    山形県のあつみ温泉に来ています。米どころ庄内のJA庄内たがわの新年会でお話する機会をいただいて鶴岡市に来たので、足を伸ばしました。講演が終わって17時55分鶴岡駅発の羽越線に乗りました。地方に来たときに地元の人々の足を利用し、乗ってくる人、降りてくる人の様子を観察するのは興味深いことです。いつもですと、なかなかそのチャンスを得る時間的余裕はないのですが。

    ●ローカル列車はいいね

    キハ130という車両には鶴岡の高校から帰宅する高校生たちが乗っています。1日にローカル列車は11本しか走っていない路線です。新しい、ゆったりとした車両にみんな座れる余裕があります。混雑と遅延で乗っている人々がいつもいらだっているような東急田園都市線と比べると天国と地獄です。

    鶴岡 
    JR羽越本線鶴岡駅

    ●素朴でかわいい女子高校生に目細める「あやしいおじさん」

    近くのボックスでおしゃべりしている女子高校生の話を聞くともなく聞いていると、あることに気づきました。その車両に乗っている女子高校生10人ほどの全員が黒髪、染めたり、脱色している子がいないのです。雪の季節ですから、足元は思い思いの防寒ブーツです。制服を着崩している子もいません。「英語は120点はとりたいのよね」。話題は15、16日のセンター入試のようです。都会ではあまり目につかなくなった、素朴でかわいい女子高校生に思わず表情を緩める「あやしいおじさん」でした。

    ●庄内の中学生の修学旅行

    33年前、同じ庄内地方の酒田市からやってきた中学の東京修学旅行を取材したことを思い出します。午後、東京タワーにのぼって東京の大きさに驚いた子たちのその夜の日程は浅草のレビュー見学でした。SKDがまだ健在なころでした。東京育ちなのに初めて東京タワーにのぼった私は「中学生にレビュー!」といぶかしく思ったものでした。華やかな舞台に乱舞するダンサーの脚、脚、脚に圧倒された後、宿にもどって、生徒たちにインタビューです。

    ●レビューこそ東京

    SKD 
    SKDのダンサー

    「何が一番面白かった?」と聞くと。全員が「レビュー!」と口をそろえます。驚いている私に30代前半の女先生が付け加えます。「私の中学の修学旅行のときもレビュー見学をしました。それが一番強い印象でした」「ああ、これが東京なんだ、と思ったんです」。ゆっくりと時間が流れる地方の子たちは、めくるめく都会に心を躍らせ、せわしない都会から来た大人は通学列車の高校生たちの様子に心を和ませる。人生いろいろですね。女の子たちとは対照的に、生え際に剃りを入れ、するパンにした男子高校生たちもなんとなくかわいく見えました。

    ●観察しているつもりが・・・

    農業関係者に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の話をするといういささか緊張する仕事を終えた解放感もあったのでしょう。永年の新聞記者生活で、自分は観察者として、まるで透明人間のような気分になっている「あやしいおじさん」があつみ温泉駅で列車を降りるとき、娘さんと一緒に座っている中年のおかあさんから、にっこりと会釈をされました。テレビで見てくださっていたんですね。ありがとうございます。

    ●冬の東北、温泉の楽しみにプラスアルファ

    たちばなやの内庭に降る雪
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    あつみ温泉の「たちばなや」での雪を見ながらの露天風呂、ちょうど季節の寒鱈汁と地酒は最高でした。これも高校生たちの余韻かもしれません。地方に出たら、またローカル列車に乗ります。心あたたまる時間をありがとう。
     

    がんばれ日本の若者 ボアソナードと梅謙次郎 - 2010.09.09 Thu

     ボアソナード梅謙次郎の文献に没頭しています。お雇い外人として明治日本の法典整備、法曹養成に貢献したフランス人法律学者ボアソナードと「日本民法典の父」と呼ばれた梅謙次郎の2人が亡くなってことしは100年になります。2人は私の勤務する法政大学の基礎をつくった偉大な功績者でもあります。

    ボアソナード 
    ボアソナード

    法政大学は、9月26日から、東京・市ヶ谷の法政大学ボアソナードタワー・スカイホールなどを会場に、ボアソナード・梅謙次郎没後100年企画 (クリック!)を行います。この企画には、法政大学を中心とする研究者のみならず、法政大学の学生も参加します。私もこの企画に関わるための勉強でしたが、想像以上に魂を沸き立たせる経験になりました。

    梅謙次郎 
    梅謙次郎

    ボアソナードの名は大学の民法の授業で知り、梅謙次郎は昭和20年代に発行された第一次文化人切手で子供時代に名前を知ったのがはじめという程度の私でしたが、今回2人の伝記を読み進めるうちに時間を忘れて読みふけっていました。
    明治の勃興期の日本人のエネルギーとそれを助けたお雇い外国人の高いモラルに打たれたからです。

    ボアソナードは1873年に来日し、明治政府の顧問と司法省法学校教官という明治政府との契約に基づく大仕事をこなしながら、法政大学の前身である東京法学校で教鞭をとり、新校舎建築の資金援助までしたといいます。彼は1895年まで日本で仕事を続けました。かたや、梅謙次郎は1890年フランス留学から帰国して東京帝国大学教授に任命されます。それと平行して東京法学校の後身である和仏法律学校学監、校長をつとめ、のちに学制改革で和仏法律学校が法政大学となるとその総理を亡くなるまで務めました。

    ボアソナードと梅謙次郎の2人は、ボアソナードの編纂した民法典(旧民法)施行に尽力します。しかし、不平等条約の改正をめぐる政争や当時勃興してきたドイツ学派英米学派との国会での法典論争に破れ、ボアソナード法典は結局日の目を見ず、明治日本の民法はドイツ法の系統をひくものになりました。

    とはいえ、2人の周囲には勃興期日本の若き人材が蝟集し、不平等条約改正、法典論争など時代の大きなドラマを演じていくそのさまは、NHKで放送している「龍馬伝」「坂の上の雲」さながらです。

    いま、停滞が嘆かれる日本、若者が潜在させるエネルギーは昔もいまも変わらぬはずだと信じて、学生を鼓舞することに微力を傾けている私にとって、これは心強い味方になりました。2人の伝記に登場する明治日本の若者たちは、日本の各地で日本の発展を支える礎になりました。いまの学生たちも、かならずやそうなると私は信じています。

    がんばれ日本の若者!

    ちなみに、当時のお雇い外国人法律学者にドイツのロエスレルがいます。彼を招聘したのは井上毅をリーダーとするドイツ学派です。いわば、ボアソナードのライバルとして彼が編纂した商法典も結局日の目を見ずに終わるのですが、ロエスレルの招聘には、私の曾祖父とその義兄が関わっていたということもあり、ルーツ確認の傍証にもなりました。

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     はぎたに じゅん

    Author: はぎたに じゅん
    TVコメンテーター
    法政大学法学部教授
    元朝日新聞編集委員
     政治記者、カイロ、ウィーン
     ボン特派員などを歴任
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