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    不思議な言葉遣い 菅首相の福島原発事故 - 2011.05.10 Tue

    東日本大震災から11日で2か月。巨大地震と大津波の被災者、そして東京電力福島第1原子力発電所の事故による被害者の救済のカレンダーが先行き不透明のままにとどまっている一方で、菅直人首相にとってはこの日付けはとても重要なようです。中部電力浜岡原子力発電所の全面稼働停止で中電をねじふせた勢いをかって、10日の記者会見では、首相は「事故の収束のメドがつくまで首相としての歳費は6月から返上する」ことを表明しました。

    ●安全と安心

    浜岡原発 
    浜岡原発

    浜岡原発の全面停止要請にあたって、菅首相は「国民の安全と安心のため」と説明しました。「安全」は科学的な根拠にもとづいて判断することができます。この場合は「30年以内にマグニチュード8以上の東海地震が発生する可能性は87%」という数字で説明されました。しかし、「安心」は人の心を根拠とするものだけに、客観的な基準にはなりにくいものです。「安心」を持ち出されては、中電はぐうの音も出ません。中電は9日に停止を決定しました。しかし、「安心」をいうなら、停止が浜岡原発に限定されるのは納得がいかないと思う人が多いでしょう。早速、全国のほかの原発立地にも波紋が広がっています。それだけではありません。「停止」はあくまでも中電が自主的に決定したものです。総理大臣は要請しただけです。結果の責任は中電にあります。ですから、菅首相は浜岡原発停止が「英断」であるかぎりその果実を享受します。こうしたやり方は実はあまりフェアとはいえません。前回のブログで、「菅首相は錦の御旗をわしづかみにした」と表現したのはその意味でした。

    ●歳費と給与のことばのあやは?

    一方、「歳費の返上」ということばを聞いたとき、私は違和感をおぼえました。「歳費」ということばは総理大臣の報酬には普通使わないことばだからです。総理大臣の報酬は「特別職の職員の給与に関する法律」で規定されます。一方、「歳費」は国会議員の報酬を意味し、「国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律(歳費法)」によって定められています。そして、歳費法は「国会議員である特別職の公務員の給与が歳費を上回る場合は、その差額を歳費に上乗せして支給する」としています。現実は、議員「歳費」は返上せず(できない)、上乗せ分の「給与」を返上することなのに、菅首相は会見で「総理大臣としての歳費」という言葉遣いをしました。行政の長ともあろうものが、「給与」と「歳費」の違いを知らなかったのか、それともなにか意図があったのか、極めて不思議な言葉遣いでした。

    10日菅首相 
    10日、記者会見する菅首相

    ●原発を国策とした政府の責任

    そして上乗せ分の「給与」返上の理由としてあげたのが「今回の原子力事故、直接の原因は地震、津波によるものでありますけれども、これを防ぎえなかった責任は事業主であります、事業者であります東電とともに、原子力政策を国策として進めてきた政府にも大きな責任があるとこのように考えておりまして、その責任者として、本当に国民のみなさんにこうした原子力事故が防ぎえなかったことを大変申し訳なくおわびを申し上げたいと思います」でした。

    ●なし崩しの国策

    これも不思議な言葉遣いです。「原子力事故を防ぎえなかった」第1の責任を東電としながらも、「原子力政策を国策として進めてきた政府にも大きな責任」があるという言い方は一見極めて謙虚です。しかし、長らく原子力政策を国策としてきたのは自民党政権でした。菅首相は野党時代にそれを批判してきたはずです。形式的にいえば、非の大半は過去の政権にあります。もう1つ不思議なのは、民主党政権が政権奪取後、なし崩しに原発を国策として認めてしまっていることです。「反原発」の意思を込めて民主党に投票した人たちはどう受けとめているのでしょうか。

    ●求められるのは対策の実

    切手 
    原子力平和利用は1957年に遡る

    十分な安全対策を講じずに原発を国策としてきたことについては、自民党も民主党も同罪です。そして、いま問われているのは原発を国策とした「過去」ではなく、3月11日以降の破局=制御不能な原子炉=を安定した状態にする効果的な対策を講じてきたか、講じているか、これからも講じることができるかです。そして、国民の求めているのは「給与返上」などというチープなパフォーマンスではなく、「対策の実」です。 菅首相が自負するように「ほかのだれがやっても、これ以上はできない」のなら、給与を倍にしてもよいぐらいです。

    ●福島原発安定までには数十年?

    10日、日本記者クラブで講演した松浦祥次郎・元原子力安全委員会委員長は「福島第1原発の4基の原子炉から、各燃料を完全に取り出したうえで、安定した状態にこぎつけるには数十年を覚悟しなければならないかもしれない」と警告しました。しかし、各新聞のweb版を見る限り、10日の記者会見で菅首相は、浜岡などについては多弁でしたが、福島原発事故については、事故調査委員会の設置や東電による賠償のスキームにはふれたものの、「東電が示している工程表などもきちんと進んで、完全に原発の事故がもう新たな放射性物質を出さないで、冷温停止になる目途がつけば……」とあくまでも東電を盾にして、政府としての明確な対策、見通しを示しませんでした



    ●次第に広がる無関心の中で

    事故発生以来、2か月がたち、「あすにも放射能雲が首都圏を襲う」といったたぐいのパニックはさすがに影を潜めました。逆に恐いのは、「原発事故被害は福島県の問題」といった無関心が次第に広がっていくことです。事態は単純な白黒でなく、複雑に錯綜し、何が前進で何が後退か、素人にわかりにくくもなっています。いわば逢魔が刻というような状態です。政治家や官僚が跳梁する絶好の機会でもあります。そうした中、菅首相は「現在、ここにある危機」から目をそらさせるように、「浜岡」や「給与返上」というパフォーマンスを繰り広げているように見えます。次の「魔球」はなんでしょうか?
     
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    借り暮らしの菅首相 浜岡原発全面停止要請に透けてみえるもの - 2011.05.07 Sat

    連休最後の谷間での唐突なできごとでした。菅直人首相は6日夕の記者会見で、中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)のすべての原子炉の運転停止を、海江田万里経済産業相を通じて中部電力に要請したと発表しました。中電は7日緊急の取締役会を開いて対応を協議しましたが、中電にとって、また中部経済にとってあまりに大きな問題なため、議論持ち越しになりました。しかし、法的強制力はないにしても、総理大臣の要請の意味は重いものがあります。また、結論持ち越しに対する批判も強まるでしょうから、いずれは要請を受け入れることになる公算が大といえます。

    浜岡原発 
    中部電力浜岡原子力発電所

    ●「評価」から「留保」まで多様なメディアの反応

    7日の全国紙各紙の反応を社説で見ると「首相の決断を評価したい」(毎日)「首相の停止判断は妥当だ」(朝日)「やむをえない」(読売)と「評価」「妥当」「やむをえない」の濃淡はあるものの、朝毎読3紙は肯定的です。他方、日経は「念のために止める考え方は理解できる。しかし突然の発表に国民はかえって不安を募らせたのではないか。夏場の電力不足への備えは大丈夫か」、産経は「日本のエネルギー政策に及ぼす影響について『熟慮』があったとはみえない。唐突な決断である」と「留保」に重点が置かれています。日経が国民生活や経済への悪影響を主に懸念するのに対し、産経は、民主主義の手続き軽視に重点が置かれています。

    ●浜岡原発全面停止は錦の御旗

    desaster  
    東電福島第1原発の惨状

    しかし、真っ正面から批判する新聞がないのは、あらゆることに後手後手に回ってきた菅首相が突如「原発の安全」という錦の御旗をわしづかみにしてしまったからでしょう。いくら各種世論調査で消極的支持を含め原子力発電の維持が多数を占めているとはいえ、東京電力福島第1発電所の惨状と周辺住民の苦境を目の当たりにしている現在、もっとも危険といわれている浜岡原発を摘出しての「停止判断そのもの」に異を唱えるのは、新聞にとっても世論を敵に回すことになるからです。

    ●2本社説に表れた全国紙各紙の本音

    しかし、新聞の論調は文章だけでは判断できません。「評価」から「留保」まで割れている各紙ですが、いずれも「浜岡原発社説」の扱いは2本ある社説の1つです。5紙の社説は平時には2本掲載されます。そして、題材がエポックメーキングな大きな意味を持つときには社説は2本分の行数を1本にまとめた「1本社説」とします。その意味で、菅首相の要請を各社は平時のニュース、それも決定的なものでなく、「途中経過」と見なしているようです。それかあらぬか、もっとも積極的な毎日ですら、「評価したい」と「したい」という留保をつけています。

    ●早とちりはできない

    鳩山由紀夫 

    一昨年夏、国民の期待を担って登場した民主党政権はこれまで、その期待を裏切ってきました「埋蔵金」や「マニフェスト」は絵に描いたモチでした。「国外、少なくとも県外」と普天間基地移設問題で沖縄県民の期待を煽った鳩山由紀夫前首相本人が「辺野古での決着」を事前にアメリカに伝えていたことがwikileaksによって暴露されました。「クリーンな政治」の約束は小沢一郎元代表の資金疑惑で台無しになりました。東日本大震災の結果、巨大地震、巨大津波、原発事故の三重苦の中で菅政権の対応は「熟議の政治」とは縁遠い「場当たり対応」の連続です。学校での放射線被曝限度引き上げの問題点を指摘して辞任した小佐古敏荘・東京大学教授が今月2日に予定していた記者説明会が首相官邸から「老婆心ながら、守秘義務があると言われた」ことで中止に追い込まれた1件(一部のみ報道)は「公開性、透明性」どころか、都合の悪いことは「守秘義務」をふりかざして権力的に押さえ込む体質さえのぞかせました。こうした経験からすれば、浜岡停止も今後どのように推移するかは未知数です。7日朝の民放番組に登場した細野豪志首相補佐官(原発担当)はさっそく、浜岡以外の原発に関しては、「原子力政策全体をやめようということではない」と強調したそうです。そうしてみると、全国紙各紙の「留保」は無理からぬところがあります。「今後を見よう」という姿勢が2本社説の1つという扱いに透けてみえます。新聞とりわけ社説には見通しがぶれないことが重要だからです。

    ●浜岡原発全面停止が「英断」と判断されるケース

    大津波 

    ところで、今回の「浜岡原発全面停止要請」は英断なのか、愚策なのか、それとも何か別のものなのでしょうか?「英断」という評価がもっともあざといかたちで表れるのは、中電が高さ15㍍の防潮堤を完成する時期(2年といわれます)の間に、核燃料を完全に撤去したもぬけの殻の原発を大津波が襲う場合です。しかし、菅首相を含めそんな事態を望む人は1人たりといないと思います。もう1つの可能性は、浜岡原発の完全な安全を確保したうえで、大地震、大津波が襲う前に、代替エネルギーへの転換を達成することです。この場合は、エネルギー転換の達成までのかなり長い期間「目に見えない安全」を確保するための電力不足やそれに起因する国民生活の不便や経済への悪影響に耐えなければなりません。おそらくそれは菅首相の任期中には実現しないでしょう。


    ●「愚策」とされかねないさまざまな状況

    計画停電 
    計画停電で閉鎖され照明も暗い改札口

    一方、「愚策」といわれてしまう材料には事欠きません。浜岡原発の地元御前崎市長からは、「(地元の)意見を聞いたのか」という批判が出ています。また、菅首相は対象を浜岡原発に限っていますが、電力政策の全体像を明らかにしないままの突然の発表のゆえに、全国で運転停止中の原発32基の再稼働が困難になるだけでなく、今後定期点検に入る原発も含めすべての原発が稼働できなくなる可能性が指摘されています。これは、東京電力管内への他電力会社からの援助給電を不可能にするにとどまらず、東京電力、東北電力管内だけに限られていた電力不足が全国に波及することを意味します。それが国民経済、国民生活にどのようなマイナスの影響を与えるかについて、首相官邸が熟慮した形跡はいまのところみえません。また、原発を持たない沖縄電力を除く全国9電力会社の経営が維持できるかどうかの問題にもなってきます。

    ●唐突な意思決定を強いた「菅降ろし」

    小沢釣り 
    千葉沖の魚の安全性をアピールのため、自分たちの釣った魚を味わうパフォーマンスも

    いずれにせよ、「英断」か「愚策」なのかの判断を下せるまでには相当の時間がかかります。新聞各社の「判断留保」はその結果ですが、その一方で、短期的に極めてわかりやすい「その他」の要素があります。ゴールデンウィーク中に高まっていた「菅降ろし」の潮流です。今回の「菅降ろし」は自民党・公明党といった野党からのものだけでなく、小沢元代表や鳩山前首相ら民主党内の動きが合流しかねない様相でした。産経新聞7日朝刊の「反首相勢力には『クセ球』…」という記事はその裏を解説しています。5月2日に福島みずほ社民党党首に「ぜひ浜岡原発を止めてくださいね」と迫られたとき、菅首相は「ヒャッハッハッ…」と笑ってごまかしたというエピソードを紹介したうえで、小佐古・東大教授の内閣官房参与辞任後、反首相勢力が原発事故を「菅降ろし」の軸に据えつつあったことが意思決定の背景にあったと指摘します。

    ●借り暮らし、自転車操業の政権維持

    菅直人浜岡 
    浜岡原発全面停止要請を発表する菅首相

    今回の意思決定の背景やプロセスは今後、マスメディアの検証の対象となりますが、それには時間がかかるでしょう。一方、「(原発事故対応は)このままではいけない」と、ゴールデンウィーク明けから政府批判を強める意向を明らかにしていた小沢元代表にとってみれば、「浜岡原発全面停止」はその出鼻をくじく一撃でした。小沢氏らの「倒閣戦略」は見直しを余儀なくされるでしょう。その間、政権は延命されます。また、今回の発表がマスコミ各社の5月の世論調査開始の直前に行われたことも注目に値します。「浜岡全面停止」で支持率を向上させることができれば、仏ドービルで5月26日、27日に行われるG8サミットに出席できます。サミットでの「英断評価」を背景に帰国し、大震災対策の2次補正予算を先送りして通常国会を閉会してしまえば、内閣不信任案を封じ込めることができます。「借り暮らしのアリエッティ」ではありませんが、時々に支持率を借り暮らしの無鉄砲な自転車操業にせよ、短期的には政権は維持できるという寸法です。長期的な構想で日本の再創造を始めなければならないときなのにです。


     

    だれがやっても同じではない 内閣参与が原発事故対策を痛烈批判 - 2011.04.29 Fri

    今週、菅直人首相の側近の話をうかがう機会に恵まれました。菅首相を支える立場にある方ですから、菅首相を擁護するのは「想定内」のことでしたが、東京電力福島第1原子力発電所の事故について「事故対策はだれがやっても同じだった」といわれたのには、いささかがっかりというか、あきれました。「だれがやっても同じ」ということは「ほかのだれが総理大臣であっても、菅内閣がこれまでやった以上のことはできない」ということと同じ意味です。そして、そう評価することで菅首相が総理大臣の地位にとどまり続けるのを正当化することでもあります。

    警戒区域  

    ●内閣参与が政権を痛烈批判

    その話を聞いた翌日の29日夕方、原発事故後に内閣官房参与に任命された小佐古敏荘・東大教授(放射線安全学)が「政府の対応は法にのっとっておらず、誰が決定したのかも明らかでなく、納得できない」と菅内閣の事故対策を批判して、内閣参与を辞任したというニュースが飛び込んできました。菅首相に辞表を提出した後、記者会見した小佐古教授は「今回の原子力災害で、官邸の対応はその場限りで場当たり的だ。提言の多くが受け入れられなかった」と語り、具体的には、学校の放射線基準を、年間1㍉シーベルトとするよう主張したのに採用されなかったことを明かし、「年間20㍉シーベルト近い被ばくをする人は放射線業務従事者でも極めて少ない。この数値を小学生らに求めることは、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と述べました。

    小佐古敏荘 
    記者会見する小佐古敏荘教授

    ●対応のまずさを糊塗しようとする政府

    小佐古教授の告発は極めて重大な意味を持ちます。まず、原発周辺住民の健康被害そのものについてです。国際原子力機関(IAEA)や国内から「非現実的だ」と批判を受けながらも、同心円形の避難区域、屋内待避区域の指定を変えなかった政府は先週末、住民への十分な周知なしに突然、立ち入り禁止それも罰則つきの「警戒区域」を導入し、さらに、同心円形でない「計画的避難区域」指定をも導入しました。そして、それは、一般人の年間被ばく限度を1㍉シーベルトとしているにも関わらず、福島県の学校や幼稚園の子どもたちの被曝の基準を年間20㍉シーベルトと、一気に20倍に増やすという乱暴なさじ加減を前提としてのことでした。小佐古教授の批判は、まさに政府の住民健康被害対策の変更が住民の健康を思んばかってのことではなく、政府の対策のまずさを糊塗する目的だったことを指摘しているのです。

    edano 
    ああいえばこういう官房長官

    ●指針無視の乱暴かつ粗雑な政策決定

    もう一つは、住民の健康被害に対処する政策決定のあり方です。小佐古教授が「法律違反」と指摘するのは、政府の原子力防災指針で「緊急事態の発生直後から速やかに開始されるべきもの」とされた「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」による影響予測がすぐに実施・公表されなかったことなどです。これは、すでに各方面から批判のあったことです。「知らなかった」ではすまされません。小佐古教授は文部科学省が示した被曝線量基準は「国際的な常識ではなく、行政の都合で決めている」、それも「極めて短時間にメールで審議し、強引にものを決めるやり方には大きな疑問を感じる」とも批判しました。

    ●「だれがやっても同じ」ではない

    菅首相は東日本大震災発生後、東京電力や内閣府の原子力安全委員会などへの不信感から、専門家6人を内閣官房参与として迎えました。その1人が政権の対応を公然と批判して辞任したのです。小佐古教授の指摘は、はしなくも「原発事故対策はだれがやっても同じ」という菅政権の世論工作のまやかしを暴露しました。

    ●未熟で謙虚さに欠け、思慮が浅いと自認する人が政権に居座り続けている

    菅直人渋面 
    最近渋面が目立つ菅首相

    一方、菅首相はこの間、「東電の工程表の前倒し実施」「警戒地域住民の一時帰宅を連休明けにも実施」と空手形になりかねない約束を乱発すると同時に、29日の衆議院予算委員会では「最後の最後まで国が責任を持つ」「東北自動車道の無料化検討」と大風呂敷を広げます。半面、「未熟」「謙虚さに欠ける」「思慮の浅さ」など震災後の対応に反省の言葉を連発してもみせました。未熟で謙虚さに欠け、思慮の浅い人は、それだけで総理大臣にふさわしくありません。こうした言葉を安売りする一方で、口約束を乱発する菅首相。その最大の優先順位が、原発事故対策よりも「政権居座り」にあることがますます露呈しているのです。




     

    「非常時」という呪縛 憲政のメルトダウン回避を - 2011.04.22 Fri

    菅直人首相は22日の閣議で、「被災者には丁寧に接するように」と指示しました。さすがに前日の福島県田村市立体育館での被災住民の「怒号」がこたえたようです。22日午前零時を期して、東京電力福島第1発電所から半径20キロは立ち入り禁止の「警戒区域」となりました。政府はさらに飯舘町など20キロ圏外であっても汚染の測定値の高い地域を「計画的避難地域」に指定しました。やっとではありますが、現実に即した対応に転換しようとしているのはよしとしても、いずれも1ヶ月も前から必要だと批判されてきたことです。なにやら「逆ギレの対応」のようにさえ見えます。そして、20キロ圏内であっても、累積汚染値が低いところもあると指摘されているように、まだまだ住民本位の丁寧な対応になってはいないのが残念です。

    ●短時間に露呈したボロ

    殺風景 
    被災者に「殺風景な男」と呼ばれた菅首相=産経新聞

    原発被災者訪問を終えた菅首相は記者団に対する説明の中で、警戒地域の範囲を「3キロ、5キロ」といいまちがえたあと、同行した福山官房副長官の耳打ちでやっと「20キロ」という正解にたどり着きました。このてんまつを映像で伝えたフジテレビの21日深夜のニュースを見て、私はあらためて暗たんたる気持ちになりました。原発被災地への短時間の滞在だけで、これだけボロを出す人を日本はまだリーダーとし続けなければならないのでしょうか。

    ●それでも、内閣支持率は少し上がった

    世論調査を見ると、菅内閣の支持率は東日本大震災前と比べるとわずかながら上がっています。しかし、多いもので30%強です。ただ、この数字には「いまは非常時、首相を替えるときではない」という消極的支持が相当数含まれているのは確実です。英語でいえば、support(支持)というよりtolerate(堪え忍ぶ)という方が適切です。我慢強い日本人の性質がそこには表れているようです。「一昨年夏、民主党に投票した自分はまちがっていなかった」と思いたい気持ちもあるでしょう。

    ●「財政再建のメドがつくまで」?

    「原発事故収束の工程表」「警戒地域の指定」「復興構想会議」の3点セットを提示したことのついでに菅首相は「財政再建のメドをつけるまで」首相にとどまる意向まで示したようです。ただでさえ火の車だった国家財政が震災、原発事故対策でさらに悪化するのは確実です。ということは、「非常時」をよいことに、再来年の任期満了衆議院選挙を越えて、居座りつづけようというのでしょうか。

    ●さすがに、民主党内に動きが

    小沢 

    民主党内では、小沢一郎元代表ら反菅派が動き出しました。しかし、彼らに倒閣ができるでしょうか? 野党の内閣不信任案に同調して菅内閣を倒しても、小沢系の首班をもくろむなら衆議院の多数を得ることはできないでしょう。自民党など野党と組んだところで、それは「非常時」を意識しない無責任な権力闘争と非難されることは確実ですし、そうなれば、政権交代で享受した「権力とポスト」を民主党で独占するうま味は薄くなります。一方、自民党など野党だけで内閣不信任案を可決する力はありません。だからといって、民主党内の反菅派と結託すれば、後継首班のメドは立ちません。やはり「非常時」を意識しない無責任な権力闘争と非難されます。仙谷由人官房副長官らにしても菅首相の首のすげ替えに出れば、同様な非難を浴びることになります。

    ●大連立も延命目的

    反対派は「非常時」ということばの前で、かけ声は出ても足が前に出ない金縛り状態です。ねじれ国会の問題を解消するための大連立構想も、これまでの民主党の動きからは野党の足元を見透かして、菅首相の延命をはかるためのものであることが見え見えです。これでは野党もおいそれと乗れません。もし、菅首相が譲って、最大野党のだれかを首班にすえる挙国一致内閣を提案するならば、状況は打開されるかもしれませんが、菅首相のこれまでを見るかぎり、それは極めて望み薄です。

    国会 

    ●「既成事実」の居座り

    議院内閣制のこうした手詰まり状態を人名を消去した客観的な方法で分析してみましょう。いまの日本の政治は表面的には民主・自民の二大政党制のようにみえますが、与党民主党は「権力とポスト」のうま味を享受することでは結束するものの、実態はバラバラです。自民党も一枚岩ではありません。政策をもって国民の支持を競うべき政党は蒸発してしまって、小ボスを中心とした小さな議員グループが乱立している状況です。この手詰まりの上に「震災前」の政治状況が生んだ既成事実=菅首相が、この国会の状況を奇貨として国政の舵取りの座にしがみついているのです。

    ●有効な多数派形成できなければ、憲政がメルトダウンへ

    議院内閣制は、選挙で選ばれた議員たちに国政を効率的に運営していく多数派を形成する能力があることを前提としています。しかし、いまの日本の国会議員たちは「大震災」後の状況に適応する有効な多数派をつくる力を失っています。こうしたとき、発展途上国であれば、超憲法的に非常時の権力をにぎる軍によるクーデターが起きても不思議のない状況ですが、幸いにして、自衛隊はシビリアンコントロールが徹底していますから、そのような挙には出ませんし、国民もそれを望んでいません。ただ、現在の衆議院の議席配分を前提としてはもはやにっちもさっちも行かない状況です。このような状況が続くと、憲法に基づく議院内閣制、政党政治に対する国民の信頼が失われていきます。それはとりもなおさず、日本国憲法の危機につながります。メルトダウンの危険は、福島原発だけではありません。日本国憲法にもとづく政治=憲政がメルトダウンしようとしています

    3号機 

    ●憲法の枠内での国会のリセットが必要

    有効な多数派を新しくつくるために日本国憲法が用意している道具は「衆議院解散」と「内閣不信任」です。つまり行き詰まった国会の議席配分を変えるか、総理大臣をやめさせるかのリセット機能です。しかし、「衆議院解散」は首相の専権事項です。菅首相がその気にならなければ実現しません。一方、「内閣不信任」が簡単に成立しないのは上で書いた通りです。「これだから日本国憲法は平時にしか使えない憲法だ」と憤ってみても始まりせん。私たちはこの憲法を使って有効な多数派を形成させなければなりません

    ●「非常時」という呪縛からの解放を

    衆議院解散 

    多くの人々は大震災+原発事故という未曾有の災厄に金縛りになり、「いま政権を替えることはできない」「解散総選挙をやっている余裕はない」と思い込んでいますが、果たしてそうでしょうか。選挙ができないなどということはありません。現に統一地方選挙は粛々と行われています。離散状態にある被災地の代表選出に関しては別途知恵を絞る必要がありますが、総選挙、そして新しい政権形成までの間は現在の政権が責任を持って政治を行います。よもや、「後は野となれ山となれ」にはならないと思います。たしかに、日本国憲法では、衆議院が解散されている間、参議院だけで予算、法律をつくることができません(憲法59条)が、これは平時のことです。憲法54条2項、3項は「国に緊急の必要があるときに」参議院の緊急集会に国会の役割を果たすことを求めています。日本国憲法の中ではまれな有事を想定したこの規定を活用すれば、早期の総選挙は可能ですし、震災後の状況に適応した新しい多数を作り出す道は開けるでしょう。そのために必要なのは、「非常時という呪縛」から自らを解放することです。「総選挙は可能だ」と国民が声をあげることが必要です



     

    「怒号」は想定内 菅首相の原発事故避難所訪問 - 2011.04.21 Thu

    菅直人首相は火に油をそそぎました。21日、東京電力福島第1原子力発電所事故による避難者を訪問するため福島県田村市立体育館に足を踏み入れるやいなや約50人の避難者の中から「早く原発を抑えてくれ」「早く、うちへ帰らせてくれ」という怒号が浴びせられたと伝えられました。3月12日早朝のヘリによる原発ツアーを始めとして、菅首相の“現場主義”は「国政の最高責任者にはほかにもっと大事なことがある」と批判されていたので、今回の訪問には性懲りもなくということばがあてはまります。

    ●菅首相の自己イメージ

    渋い表情 
    原発被災者訪問を終えて、渋い表情で田村市立体育館を出る菅首相

    菅首相のイメージはこうでなかったかと思われます。17日には、東電の尻を叩いて「6-9ヶ月」という原発事故収束の見通しを明らかにさせました。放射能汚染対策で、半径20キロ以内の立ち入り禁止措置も打ち出しました。「復興構想会議」も発足させ、事故対策だけでなく、単なる「復旧」を超えた「復興」の端緒をつくりました。もちろん、被災者の安全や生活への目配りにも怠りなく多忙な政務の合間を縫って、被災地を訪れる思いやりもあります……と。

    ●被災者の視点で見ると

    でも、それは裏目に出ました。避難住民が怒るのは理解できます。被災者との話もそこそこに立ち去ろうとした菅首相を「もう帰るんですか?」と呼び止めた男性は「(避難所訪問は)パフォーマンスに過ぎない」と憤慨していました(読売新聞)。そもそも「6-9ヶ月」というのは「帰宅」の見通しではありません。原子炉の冷温停止の時期です。「帰宅できるかどうか」はその後に判断するということです。立ち入り禁止措置は住民の健康のためとはわかっていても、どろぼうを除けば罰則は被災者狙い撃ちです。そして、菅首相は大震災対策を超えて「財政再建の道筋をつけるまで」と政権居座りを宣言しています。もともと「反菅」ではなかった宮城県選出の桜井充財務副大臣が自分のメールマガジンで「首相交代論は当然」とさえ言い出していました。

    桜井充 
    桜井充財務副大臣

    ●あくまでもジコチュー

    「財政再建の見通しがつくまで」というおまけまでついてしまえば、被災者にとっては、「菅さんの、菅さんによる菅さんの延命のための」被災地訪問であることは見え見えです。客観的にみても「怒号」は想定内なのに、あえて現地訪問を諫止しなかった菅首相の取り巻きのレベルはやはり疑われます。想定外、想定内といえば、18日の参議院予算委集中審議で脇雅史議員(自民)が指摘した、「原子炉の冷却機能喪失は、菅首相が主宰した昨年10月22日の原子力災害対策総合訓練の前提だった」ということの証拠がyoutubeにアップされてしまいました。集中審議では、菅首相はしどろもどろになりながらも反論していました。しかし、ビデオがさらす菅首相は、心ここにあらずの日程消化です。「覚えていない」のも無理ないところです。



    ●菅首相の精神分析

    桜井副大臣は一方、複雑化した政府の指揮系統を批判した脇議員のこの質問について「質問のお手本のようで感動した」とメールマガジンで絶賛したでだけでなく、その後記者団に対し、心療内科の医師らしく「首相は過剰に反応し、自分の考え方でねじ伏せようとするところがある」と精神分析を披露。「首相は辞めるべきか」と質問されると「来週の国会でどう答弁するか見させてもらう」と言い放ったそうです(産経新聞)。

    ●桜井副大臣の複雑な表情

    桜井副大臣とは、今週月曜日のTV朝日「たけしのTVタックル」でご一緒しました。議論が「菅批判」になっても、原口一博さん(民主党衆院議員)ともども反論すること少なく、実に複雑な表情をしておられたのが印象的でした。収録後、私は原口さんに「複雑な表情がいろいろ物語っていましたね」と声をかけたほどでした。総理大臣が国民に対する責任を明確にする場は第一に国会です。国会答弁の場をまま「逆ギレ」を発散する場所にしてきた菅首相。批判は民主党内中間派それも政府部内にも拡散してきました。避難住民の「怒号」を受けて今後の国会でどのような姿勢を見せるのか私も注目したいと思います。




     

    文科省のボランティア奨励は? 大震災と大学教育 - 2011.04.20 Wed

    法政大学の私のゼミ(2、3年生)の新年度キックオフが19日、市ヶ谷キャンパスで行われました。仙台の実家で大震災を経験し、「いまここにいるのがふしぎなくらい」という女子学生、すでに被災地でボランティア活動をしてきた学生をふくめ、みんな元気な顔をそろえてくれました。それぞれにマージナルな体験をした若者たちが、それを原動力に学んでいってくれると期待しています。ロートル教師がそれに追いつけるでしょうか?

    ●ボランティアが理解するもの

    ボランティア 

    ボランティアに行った学生からは、「ボランティアたちと各被災地域や自衛隊の連携が取りにくい」「地域の状況を総合的な把握する現地センターを震災直後に設置すべきだった」という意見が出ました。停滞、衰退気味とはいえ、豊かな社会に育った若者たちが同胞の苦難を少しでも軽くしようと自発的に行動するボランティア。彼らはこれまでに経験したことのない、人生のそして社会の巨大な断層を目の当たりにしたことで、社会の構造や人の心を私のような団塊の世代ができなかったやり方で理解していくと思います。

    ●文科省がボランティア奨励を大学に要請

    こうした中で、「文部科学省は全国の国公私立大学に対し、学生が東日本大震災の被災者支援ボランティアに参加した場合、その活動を大学の単位として認めるよう要請する方針を固めた」(3月31日付朝日新聞)そうです。「各大学に、ボランティア活動を単位認定すること▽ボランティア活動のため休学する学生について、その間の授業料を免除すること▽保険に加入してケガなどに備えるよう学生に周知徹底することを求める文書を出す」というのが具体的な方法とされています。しかし、私のゼミの学生の懸念通り、各地から支援に集まってきた人たちに仕事を割り振るボランティアセンター機能が整備されていないため、「募集がかかるまでは現地に行かなくてもできる支援活動を」と、被災地入りを自粛するよう学生に呼びかける大学もあったようです。

    文部省 
    文部科学省

    ●ある大学教授の懸念

    そうした中で、文科省の方針はボランティアを後押しする大変よい方策のように見えますが、私は果たしてそうなのかといささか疑いを持っていました。そんなときあるブログに出会いました。ある大学教授のブログです。

    (以下引用)
    それを聞いて、私は「学徒動員(勤労動員 筆者註)」を連想した。戦争中、女学校に通っていた母が、よく戦争で授業がなくなり、毎日工場で働いていたと話していたのを思い出したのだ。当時は、「お国のため」と思い、頑張っていたというが、今になって若い時に勉強ができなかったことを嘆いているのだ。
    若いひとが被災地に行って復興の手伝いをするのはいいことだ。確かに大学では得られない学習体験をするだろう。だが、それを単位として認めるかどうかなどは大学や教員にまかせるべきではないか?
    被災地では失業した人も多いわけで、復興事業に従事する人を雇い入れて給与を支払うシステムを国は急ぐべきではないか?
    ボランティアに行くのが当たり前で、不安にさいなまれて逃げ出す人は非国民のような目で見られかねない風潮はおかしいと思うのだが。

    (引用終わり)

    大学教育がさらに圧迫されるおそれ

    就活 
    大学教育を圧迫する就活

    大学教育は3年生から始まる就活によって、ただでさえ大幅にその機能を制約されています。受験から解放された学生は大学に入学すると、まず自由を謳歌します。「自由」と「就活」に挟まれて、さらには超就職氷河期のため、大学生らしい勉強をする時間はますます短くなっています。大学の勉強は学期、学年という縦の時間軸によって組まれています。そこに、一定期間を横に占有するボランティア期間が入りこめば、どうなるでしょうか。今回の救援活動はこれまでになく長期間にわたるでしょうから、なおさらです。

    ●人が学ぶべきもの

    「どうせ、学生は勉強なんかしない」という考えを私はとりません。ゼミのこれまでの学生を見れば、彼らがそれぞれに縦の時間軸の中ですばらしく成長していくのを私は実感してきました。「ボランティアでは、大学の勉強で得られないものがえられる」という方もおられるでしょう。たしかにそれは事実ですが、人生は「無私」の行動だけではありません。社会と協調しつつ「私利」を追求する道を学ぶことも、大人の入り口では極めて重要なことだと私は思います。

    ●「下放世代」「革命世代」の悲哀

    毛沢東 

    先の大学教授は、「学徒動員(勤労動員)世代」を例に引きましたが、私は中国の文化革命当時の「下放世代」を思い浮かべました。毛沢東の権力闘争の中で、都市の学生層は学問を捨てて農村での労働に従事しました。事実は、毛沢東に反旗をひるがえしかねない知識層とその予備軍を都会から追いはらい、同時に農村のたりない労働力をおぎなう徴農制度でしたが、彼らは赤いフロンティアともてはやされました。しかし、それから40年たったいま、彼らの多くは農村にも都市にもよりどころを失った世代になってしまいました。日本でも学園紛争の時代の学生ストによって、学ぶ機会を失ったことを悔やむ人が少なくありません。その時期にえがたい勉強のできた人もいる一方で、きわめて少数ですが”資本家に奉仕するための大学教育”を捨てて農村や地方、あるいは復帰前の沖縄へ「革命」をしに行った学生もいました。先日のブログで書いた「将来、遺伝子解析が進めば、貧困や差別も解決できるかも」と夢見た理系の友人もその1人でした。いま、かつての学友たちはその学生の消息を知りません。

    ●大学に、教員に任せよ

    辻元 菅直人  

    もちろん、震災ボランティア活動が学業に与えるマイナス面は、国家による強制だった「学徒動員」「下放」とは比べものにならないほど小さいものです。また、すべての大学生が震災ボランティアに出るわけでもありません。そして、日本の現状では、ボランティアの活動は極めて重要です。さらに、ボランティアの「社会への貢献」「自ら得るもの」はかけがえのないものです。その一方で、大学での勉強もかけがえのないものなのです。文科省はこれまで、「授業時間の確保」を大学に強く求めていました。もし、官僚を動かす政治家に、大学に通知を出すだけで安直に若者を動員しようという発想があるとしたら、それはいかがなものでしょう? 学生本人たちが「授業を受けないというリスク」をしっかり自分で主体的に判断したうえで、学校を休んでボランティアに行くのなら、文科省のお墨付きがなくても、大学と教員はその学生に対して正当な評価を与えると思うのですが。


     

    困ったときの友人 日本とクウェートと湾岸戦争 - 2011.04.19 Tue

    【カイロ=佐藤昌宏】クウェート政府は18日、東日本大震災に伴う日本の電力不足対策として、原油500万バレル(約457億円相当)か、それに相当する石油関連製品を日本に無償供与すると決めた。AFP通信が伝えた。中東諸国による原油の無償供与は今回初めてとみられる。これは読売新聞web版の18日の記事です。湾岸戦争を朝日新聞の中東特派員として取材した私は感慨深くこの記事を読みました。クウェートはお恩返しをしてくれたのです。

    ●クウェート侵攻の前兆

    hussein 

    湾岸戦争のきっかけとなったイラク軍のクウェート侵攻は当時の日本人にとっては寝耳に水のできごとでした。1990年の夏、カイロ駐在の私はただならぬニュースを見つけました。イラクとクウェートの間で国境のルメイラ油田をめぐる争いが起きていましたが、そのニュースはイラクの2機甲師団がクウェート国境に展開したというものでした。私は以下の記事を東京に送ると、ただちにクウェートに向かいました。

    【カイロ24日=萩谷特派員】石油問題をめぐるイラクのクウェート非難で緊張が続くペルシャ湾岸の西側外交筋(複数)は24日、イラクの2機甲師団がクウェート国境の油田地帯に展開したことを確認したと明らかにした。一方米ワシントン・ポスト紙によると、イラクが展開した兵力は3万人で、このためペルシャ湾内にいる米海軍の艦艇7隻は乗員の上陸許可を取り消し、即応態勢に入ったという。クウェートも国境付近に兵力を移動させており、湾岸情勢は緊迫の度を加えている。
    西側外交筋によると、イラクの2機甲師団は戦車、対空火器、架橋装備をもった工兵隊を従えて、国境の油田地帯に展開した。数千人規模の兵力は最高の非常態勢には入っていないが、臨戦態勢をとっているという。このほか2旅団が南進しているとの情報もある。(以下略)。

     tower 
    クウェートタワー

    ●「助けて」と懇願した女性次官補代理

    明確な戦争のシグナルでした。朝日新聞は私の危機感に応えて、これを7月25日付の朝刊の国際面のトップとして掲載しました。同業他社の動きは鈍く、クウェートに入ったのは私だけでした。情報省の女性次官補代理(外国プレス担当)、旧知のアマル・ハマドさんの広い部屋に入るなり、ハマドさんは私の手をとって「助けてくださいサダーム(フセイン・イラク大統領)は来ます。クウェートは弱い国。世界中のプレスの助けが必要です」。遠い日本の一介の記者に、涙を流さんばかりにして懇願するハマドさんに、正直当惑しました。その後、駐クウェート日本大使館の専門調査員だった保坂修司さんの車でただちにイラク国境に急ぎました。ダッシュボードの温度計が70℃を超える炎熱です。「保坂さん。どれぐらいでクウェートシティは陥落しますかね」「3時間でしょう」。イラク駐在経験のある臨時代理大使も「サダームは来る」との判断でした。しかし、翌日、イラクが「クウェートに武力は使わない」と保証し、サウジアラビアの仲介で交渉が始まったため、私はカイロに戻りました。

    ●優先順位

    tanks
    クウェート市を制圧したイラク機甲師団

    8月2日早朝、イラク軍は予測通り3時間でクウェートを制圧しました。ハマドさんと再会したのは、その秋、彼女が子供たちを連れた難民として到着したカイロでした。その後の経過は、アメリカのブッシュ(父)大統領とジム・ベーカー国務長官の粘り強いシャトル外交が結成した多国籍軍がクウェートからイラク軍を追い出すのですが、私の仕事は、多国籍軍の動きを追うことでした。しかし、多国籍軍が集結するサウジアラビアのビザを取るのは極めてむずかしい状態です。サウジに入国できると、サウジ情報省のジャムジューン次官補を追いかけ回してビザ発給を頼み込まなければなりません。ジャムジューン氏は好意的ではありましたが、最後の答えは必ずこうでした。「ミスター萩谷。我が国には外国人、外国文化が入ってくることを好まない人たちが多いことはご存じですね。ビザには限りがあります。私たちはこれから戦争をします。自分たちの国の若者の血で助けてくれる国のジャーナリストに比べたら、あなたたち日本の優先順位が低いことはわかりますよね」。そういわれば引き下がらざるをえませんでした。

     ●日本にできた国際貢献

    日本は湾岸戦争にあたって130億ドルの資金面での支援を行いましたが、戦争終結後、クウェートが公けにした感謝決議に日本の名が言及されていなかったのはご承知の通りです。また、日本の国内では「反戦」の空気が強く、イラク侵攻当初の新聞には「金持ちで尊大なクウェートは攻められて当然」というような識者の意見さえ掲載されたものです。イラクのフセイン体制の国内での残忍な圧政を含めアラブ世界を取材していた私にとっては驚くべき反応でした。しかし、総じていえば、日本は国のあり方を決めた憲法の範囲内でできることをやったのだと思っています。

    summit
    湾岸戦争直後のロンドン・サミット(中央が当時の海部俊樹首相)

    ●友情は忘れられなかった

    あれから20年。大震災と原発事故に苦しむ日本にクウェートから飛び込んだ友情は久しぶりに湾岸戦争を思いださせました。湾岸のカタールも、日本にLNG(液化天然ガス)を400万トン追加供給してくれるということです。フセイン大統領の脅威にさらされていたカタールにとって、イラク戦争での日本の助けはやはり忘れられないものだったのでしょう。戦争に絡むものだけではありません。日本は高度成長以来、有力な援助国でした。日本のODA(政府開発援助)を受け取っていた小さな国からも助けの手がさしのべられています。「困ったときの友人こそ真の友人」ということばがあります。人々が不正義や圧政、侵略に苦しんでいるとき、また貧困や不公正に苦しんでいるときには私たちも再びできる範囲での助けでお返しをすることができるようになりたいと思います。



     

    どっちがほんと? 原発周辺「住めない」発言の周辺  - 2011.04.18 Mon

    菅直人首相が先週、「福島第1原発周辺は10年、20年住めない」と発言した、あるいは発言しなかったということが物議をかもしました。さまざまな議論があり、このブログでもふれましたが、新聞やテレビの報道だけではよくわからない点があるはずです。メディアは最初「菅首相がそういった」と報じました。そして、次に「菅首相は『菅首相がそういった』ということを否定した」と報じました。さて、どっちなのでしょうか?メディアが誤報したのか、それとも菅首相らがごまかしているのか? よくわかりません。それを理解するには、総理大臣と総理番記者の関係を知る必要があります。

    ●首相動静をチェックする首相番記者

    菅直人松本健一  
        菅首相     松本健一内閣参与

    問題の発言は、13日に松本健一内閣官房参与が菅首相を訪問した席上であったものです。もし、ここに首相秘書官などが同席していれば証人になりえますが、2人だけの会談だったら、その内容は当事者以外には知るよしもありません。ところが、新聞あるいは通信社の記事はその内容を報道します。総理大臣を訪問する人の名は毎日、新聞の首相動静に記録されます。首相番記者(主要メディアが原則1人を常時はりつけています。したがって番記者は常時複数です)は首相を訪問する人が執務室に入る前に「どういうご用事ですか」と尋ね、訪問を終えて出てきた人に「何を話されましたか?」と尋ね、その内容を自社の内閣記者会の先輩にQ&A形式で報告します。それが記事になります。「なぜ、そんな権限があるのだ?」あるいは「大きなお世話だ」と思う人もいるかと思いますが、これはメディアの重要な役割です。

    ●首相番記者の国民に対する責務

    記者団 
    政治家をとりまく記者団

    少なくとも自民党政権以来、内閣記者会と内閣官房の約束ごとで、首相には単独インタビューは許されないことになっています。首相の執務の邪魔になるからです。また首相記者会見もしじゅう行われるわけではありません。そのかわり、①首相は廊下を移動中などの場合は番記者は首相に質問できる②首相を訪問した人には出入りの際に上記のような質問ができる、と認められてきました。これは、国民の知る権利の代行であると同時に、首相側としても情報開示の機会であり、憶測を排除できるという利点があります。しかし、新しい首相官邸ができてから、また民主党政権になってから①の機会は極めて制限され、一カ所に立って記者団の質問に答えるいわゆるぶら下がりも大震災以来ほとんど行われなくなっています。このため、②は国政の動向を国民が知る重要な窓口なのです。

    ●番記者は金魚のフン?

    番記者というのはかつてもいまも、国民からは理解されない、ときには軽蔑される代名詞になっています。ぞろぞろ金魚のフンのように権力者に付き従い、権力に迎合するものと見られてしまうからです。私は30余年前、政治記者のかけ出しのとき、首相番記者になりました。総理大臣は故福田赳夫さんでした。朝から夜まで、ただただ首相を追いかけ回し、質問、質問、質問、報告、報告、報告です。早朝、深夜には政治家の家を訪ねて取材する「朝回り」「夜回り」がありますから、若者であっても体力的に堪える肉体労働です。おまけに「金魚のフン」ですから、いやな仕事でした。しかし、そのうち仕事の重要性に気づきます。国政トップの日々の動静や考えを国民に伝える最前線の仕事ですし、最高権力周辺の人間模様を勉強できるからです。当時の番記者の仕事を調べるうち、youtubeでなんと私自身の番記者ぶりを伝える映像を発見しました。




    ときは1977年のダッカ日航機ハイジャック事件。ビデオ開始後22秒ごろから約10秒間の映像、福田さんの左前を歩く、メガネ、グレーの背広、茶色のネクタイの記者が私です。一生懸命質問しています。この直前だと思いますが、有名な「人命は地球より重い」という発言が出たのは番記者相手でした。その瞬間にはカメラはありませんでした。私の記憶では、旧官邸の小食堂で対策会議を主宰していた福田さんがトイレに出てきたのをつかまえたときの発言でした。

    福田 

    福田さんはとても気さくな人で番記者の質問に丁寧に答えてくれました
    。トイレに行くときにつかまえる手法は私もよくとりました。連れションしながらでも、若造の質問に答えてくれました。ときには「番ちゃん、番ちゃん」「懇談、懇談」と秘書官室前の小さな待合室に私たちを呼び込んだものです。それは、奥様に禁じられていたタバコがほしいときでした。「おい、萩谷くん(ほかの人のときもありました)タバコもってるかい?」。えたりやおうと、タバコの箱を差し出すと右の耳に1本、左の耳に1本はさんでから、やおら別の1本をプカリ。そして、即席の背景説明です。目的がタバコだったのか背景説明だったのかは微妙でしたが、人間くさい総理でしたし、何よりも「ほんとうのことはいわないにしても、ウソはいわない」福田さんは取材した記者たちに敬愛されていました。ぶら下がりをいやがる昨今の首相とはちがいました。

    ●ウソかマコトか、矛盾した報道

    ぶら下がり 
    大震災以後ますますなくなったぶら下がり(写真は麻生太郎内閣当時)

    しかし、現実に執務室で首相が訪問者と何を話したかはブラックボックスです。そこで、訪問者の出入りの際に質問し、首相に質問し、それが重要なことであれば報告を受けた先輩記者がウラをとりに走るのです。今回の松本参与と菅首相の会話もそうです。松本参与も名誉ある公人のはずですからウソはつかない、という仮の前提で記者はその発言を発言通りに記事にしました。ところが、ここからが通常のコースと違いました。官房長官が出てきて、松本参与の発言は誤りだとし、松本参与自身も誤りだと訂正しました。内閣の大番頭としての官房長官の発言は重いですから、これを無視するわけにはいきません。そうなると、読者は混乱します。「どっちなんだ」と思うのは当然です。しかし、密室の会話に立ち会っていたわけではないマスメディアが客観報道の前提に立つ限り、矛盾しても両方伝えることになるのです。

    ●ICレコーダーは知っている

    今回の松本参与発言について、当初私は「あまり重大な内容なので、菅首相は松本氏を使って観測気球をあげたのではないか」と考えました。反響がネガティブだったら、松本氏のミスということにするという筋書きです。首相官邸関係者に探りを入れると「菅さんにそんな微妙な芸当はできない」という答えが返ってきました。私は「ああ、いっちゃったんだな」との感触をえました。その感触を補強する材料があります。私が番記者だった当時は、「番記者はメモをとってはいけない」という不文律がありました。眠気と疲れでいつもボーッとしている若い番記者たちは、首相、訪問者が去ると当事者が何をいったかをお互いに確認しあいます。つまり昔は誤りが混入する可能性がありましたから、あとになって都合が悪くなった当事者が「私はそんなことはいっていない」と否定できる余地があったのです。しかし、いまは違います。いまの番記者は高性能小型のICレコーダーを使っています。松本参与の発言の内容は99%まちがいなく伝えられているはずです。

    ICレコーダー 

    ●証拠があることの意味

    今回、いくつかのテレビの情報番組はICレコーダーの映像に重ねてこのてんまつを報じました。これは「証拠はあるんですよ」という意味です。マスメディア側の怒りの表現でもあります。ですから当事者たちは、どちらがいったかはともかく、「福島第1原発周辺は10年、20年住めない」という内容があったことまでは否定はできません。そこで、「菅首相の発言ではなく、松本参与の発言だった」とするのです。しかし、ここにも関門はあります。ジャーナリストにとって5W1Hはいのちです。番記者全員が松本発言の「主語」を間違えたとは考えにくいところです。逆に松本氏自身が「主語」をまちがえたとしたら、そんな軽率な人が内閣参与として国政に関与するのはいかがなものでしょうか。一方、単なる間違いでない場合、意図的な歪曲ということもありえます。最高権力である首相に接する人はときに、自分の権勢を示すため、あるいはそれによって自分の利益をはかるために、自分の主張を首相の主張として記者に吹聴することがよくあります。ですから、記者たちはそうした歪曲を排除して事実を洗い出すことに力を注ぎます。かけ出しの多い番記者は首相番の任務を通じてその修行をしているのです。番記者をなめてはいけません。もし、菅首相を出汁に自分の主張を吹聴したのだとしたら、松本参与には国政に関与する資格を疑われます。

    ●歴史への責任を感じるなら

    福山 
    原発事故の計画避難区域・福島県飯舘村での住民説明会で陳謝する
    福山哲郎官房副長官

    さて、菅首相は自ら「福島第1原発周辺は10年、20年住めない」といったのでしょうか?いまのところ、それは否定されています。しかし、事柄は重大です。福島県選出の玄葉光一郎・民主党政調会長(国家戦略担当相)がいうように「仮にそういうことが本当なら、科学的な根拠をもって、しかるべき立場の人がしかるべき時期に万感の思いを込めて、土下座をして話をしなければならない重大な問題」です。そして、菅首相、松本参与が被災者の方々と歴史に対する責任を意識しているなら、官房長官にまかせず、首相ご本人がきちんとてんまつを説明し、理解を得る必要があるでしょう。松本参与の名誉がかかっている問題でもあります。もし、メディアの側の誤報ならおわびして訂正する必要があるのは当然のことです。

    追記)菅首相は18日の参議院予算委集中審議で、原発周辺の長期間困難発言について「事実無根だ」とあらためて否定しました。初めての公式の場での本人の否定なので、記録しておきます。



     

    compassionateということ 大震災+原発事故で見えたもの - 2011.04.15 Fri

    東京・浜松町の劇団四季自由劇場で「ジーザス・クライスト・スーパースター(エルサレム・バージョン)が始まりました。このロック・オペラの古典は毎回違う見え方がします。それは見る私の精神状態に影響されてのことですが、今回は東日本大震災とそれに連動した東京電力福島第1原子力発電所の事故の被災者の方々の境遇と重なりあうことになりました。苦難を受けている人々にどう向き合うかは、私たちすべての課題です。

    ●イエスの生涯

    ジーザス 
    劇団四季HPから

    「ジーザス……」のイエス・キリストは彼を裏切ったユダ同様、「迷う者」「苦悩する者」、つまり「普通の人」として描かれています。故遠藤周作もイエスを「無力な者」と見ていました。イエスの生涯は主に新約聖書の4つの福音書によって伝えられました。そして福音書をもとに、バッハなどの作曲家が大作の「受難曲」を仕上げています。「受難曲」は英語でもドイツ語でもPassionです。英語の辞書には「(愛・希望・怒り・憎しみ・恐怖・悲しみ・喜び・希望などの)情、感情」(小学館ランダムハウス英和辞典)とあります。日本語で一口に言いあらわすのがむずかしい意味内容ですが、そこにはイエスの生涯を動かした心理的な力そしてイエスの生涯を記憶する人々の感情が重なり合っています。

    ●compassionateであること

    passionから派生したことばにcompassionということばがあります。「思いやり」「同情」ですが、それは「他人の苦痛やその原因をなんとか取り除いてあげたい」という気持ちとされています。compassionの形容詞形がcompassionateです。キリスト教徒であった遠藤周作は「イエスの生涯」などの作品で、「何も具体的にしてあげることはできないが、悩み、苦しむひとに静かに寄り添う永遠の同伴者」としてイエスを描きます。私はキリスト教徒ではありませんが、私たちはいまcompassionateであり続けることが問われているように思います。

    ●「人間天皇」「象徴天皇」のcompassion

    天皇 

    「ジーザス……」を見た翌日の14日、天皇、皇后両陛下が千葉県旭市の避難所を慰問しました。テレビニュースを見るかぎり、周囲には肩を怒らせた警護スタッフは見えません。お二人の服装は地味で、そのまま避難所の床に座れば、被災者と見間違えるかもしれないほど抑制されたものです。ひざをついて被災者に向き合った天皇、皇后はまず被災者の話に耳を傾けます。そしてこのうえなく穏やかな表情と口調で被災者にねぎらいとはげましの言葉をかけていました。関東大震災のとき、天皇は絶対的主権者として、既存の法律を超える震災対策を打ち出す緊急勅令の法的淵源でした。国民主権の日本国憲法では、天皇は政治的な行動を禁じられています。その範囲で「国民統合の象徴」として最大限できること、国民の苦難に対してcompassionateであることが天皇、皇后の避難所訪問に表れていました。お二人は今後、東北地方の避難所も慰問されるとのことです。「普通の人=人間天皇」「象徴天皇」の役割を十分に果たされることでしょう。

    ●compassionが感じられない為政者

     一方、「無為無策無能」と批判される現在の民主党政権。それなのに、菅直人首相は13日、「福島第一原発周辺は10年、20年住めない」などと発言したとされます。密室での発言でしたから、被災者の怒りを買ったと知るやあわてて否定に走りました。それも、記者団の質問に立ち止まりもせず、にやにやした表情で「私がいったことじゃありません」といいました。福島原発周辺の被災者にとって、家にもどれるかどうかは、最大で死活の問題です。この重要かつ微妙な問題については適切な時期に適切な方法、態度で政治の最高責任者が肉声で被災者に語りかけなければなりません。範囲の広さはともかく、被災者はいずれは直面しなければならない苦難としてすでに理解しているでしょう。ずるずるとそうした事態に至らせた政府・東電に対する怒りもさることながら、大震災、原発事故対対策の責任と権限を課されている菅首相の軽率な発言の連発や無責任な否定にcompassionのかけらすら感じられないことがさらに怒りをかき立てたのではないかと思います。

    菅直人

    ●身内からも厳しい批判

    福島県選出の玄葉光一郎・民主党政調会長(国家戦略担当相)は14日、「憤りを感じている。心の痛みが分かる政治をしなければならない」と怒りを隠しません。「仮にそういうことが本当なら、科学的な根拠をもって、しかるべき立場の人がしかるべき時期に万感の思いを込めて、土下座をして話をしなければならない重大な問題だ」と身内からの厳しい批判を突きつけました。そして「がんばれ、がんばれ」という菅首相は眉根にしわは寄せて見せるものの常に他人事あるいは上から目線に見えます。「首相サイドは火消しに躍起になっているが、与野党双方の『嫌・菅』ムードや首相退陣論に拍車をかけている」(読売新聞)のは当然です。



     

    科学の活用と誤用(2) 科学的知見と地震、原発事故 - 2011.04.14 Thu

    大規模余震が相次いだ12日、東日本大震災の震度1以上の余震は126回に達したそうです。3月11日以来最高の記録です。このままではどうなるかと思っていた13日には回数は大幅に減りましたが、14日の読売新聞web版は「東日本大震災の震源域の東側で、マグニチュード(M)8級の巨大地震が発生する可能性が高いとして、複数の研究機関が分析を進めている」という衝撃的なニュースを伝えました。「早ければ1ヶ月以内に津波を伴う地震が」という内容のためでしょうか、twitterの世界では14日午前中で2000を超えるツィートとなって広がっています。12日の朝日新聞では、島崎邦彦・地震予知連絡会長が「地震予測のすべての枠組みが崩れた。すべて、は言い過ぎかもしれないが、三陸沖での基本的な想定の枠組みが根本から間違っていた。ここでマグニチュード(M)9はないと考えてきた」と述懐しています。さらに、「地震の長期予測や予知は不可能で、東海地震の予知研究はやめるべきだ」などとする、ロバート・ゲラー東京大教授(地震学)の論文が14日、英科学誌ネイチャー電子版に掲載されました(読売web版)。

    ●「政府のいってきたことと違う」という怒り、不安

    菅直人 edano 

    東京電力福島第1原子力発電所の事故については、「レベル7」への引き上げのショックもさめやらぬのに「枝野幸男官房長官はレベル7を先月末には知っていた」ことが表面化しました。また、菅直人首相が、面会したブレーンに、原発事故の避難対象区域住民が「当面住めないだろう。10年住めないのか、20年住めないのか」と話したという情報が出回りました。関係者の怒りを買ったことを知り、これは面会者のウソあるいは間違いということにされましたが、「居住できない」ということもさることながら、これまで政府がいっていたこととちがうではないかということが国民の怒りと不安を呼んでいます。

    ●不安を培地にあやしげな言説が横行

    巨大地震、巨大津波、そして原発事故という未曾有の災厄に見舞われる中で露呈したのは政府や専門家がいっていたことが次々と、新しい事態によって覆されていくことです。予測や判断の誤りだけでなく、それは政治家の政治的利害に発する副次的災害としても、被災者や国民にふりかかっています。こうした中で、政治家や専門家に対する怒りや不安を培地に、怪しげな言説がまかり通っています。その中には、プルトニウムへの恐怖を煽るものや、すべてを巨大企業東電と政府・マスコミとの癒着に帰するものやカルトまがいのものまであります。これにマスコミ不信+ネット過信が加わって旧約聖書のモーゼとアロンの逸話にある混乱を連想させてしまいます。

    アロン 
    金の子牛の礼拝

    ●科学的知見に基づいた結果

    庶民の疑心暗鬼の方が科学的知見より信ずるに値するかのようです。13日、日本記者クラブで会見した石原信雄元官房長官への質問の中には、「すべては、原発を推進してきた自民党に責任があるのではないか」というものもありました。石原氏は「それぞれ、その当時の科学的知見にもとづいて、国民の安全を守れるという前提で採用してきた。現時点ですべて自民党の責任というのは根本的な答えにならないし、建設的でない」と答えました。「すべて自民党が」というのも、パニック状態の中で人々が逃避しやすい回路ではありますが、現段階では石原氏のいうとおり建設的ではありません。

    ●科学的知見は諸刃の剣

    クリスマシン 

    ここで、私は「科学的知見」ということばに注目したいと思います。この言葉は、ハンセン病訴訟やミドリ十字血液製剤訴訟など、医療、薬害、公害訴訟のたびに出てきたことばです。それによって被告が断罪されたり免罪されたりしてきました。かんたんにいえば、「その当時の科学の発展のレベルでは害が予測できたか、予測することはできなかったか」です。それを分かつのが「科学的知見」の水準です。科学的知見は人を守る盾にもなりますが、科学の進歩の過程のある段階では、誤った判断が「科学の名」で正当化されるだけでなく、権威をもって、さらには権力によって国民に強制され、害を与えうるということです。

    ●仙丹だって当時の科学的知見の成果だった

     中国の古代には、仙人になるための仙丹に含まれるヒ素や水銀によって王侯貴族すら命を奪われた例があります。それが当時の科学的知見だったのです。まじないが医療という社会はまだ地球上には存在しますし、現代社会でもたとえばA型肝炎の病人食についていうと、戦後しばらくまでは、「おかゆ」が勧められましたが、その後、「高タンパク高脂肪」、そして、そこから高脂肪が落ちていきます。肝炎そのものもかつては、ひとからげに「黄疸」と呼ばれていましたが、ウイルス性のものは「流行性肝炎」になり、その後、A型、B型、C型、D型、E型、G型、TT型などに分岐していきました。科学的知見の発達によるものです。そして、科学的知見の及ばなかったものが、血清肝炎などの被害者を生んできました

    始皇帝
    秦の始皇帝は仙丹に健康をむしばまれたという

    ●科学的知見は歴史的存在、修正され乗り越えられる

    いま私たちが直面している地震の脅威や原発事故についてのこれまでの科学的知見はしょせん歴史的な途中経過です。そして、私たちはそれを過信しすぎたのです。だからといって、原子力平和利用そのものをまったく葬り去ってしまうのは、ラッダイティズム(進歩に背を向ける打ち壊し運動)かもしれません。現在の事故を収束するのも原子力平和利用を推進してきた科学的知見に基づく以外ないのです。科学的知見はつねに修正され乗り越えられていきます。いまやヒ素入りの仙丹が体によいと信じる人はほとんどいませんが、仙丹を練ることや西洋での錬金術は近代科学という子孫を生みました

    錬金術
    中世ヨーロッパの錬金術

    ●科学そのものが発展途上という認識が必要

    科学的知見が歴史的存在であるがゆえに、絶対に正しい科学的知見はありえないという不可知論に立つこともまた無責任です。肝要なのは、そのときそのときの科学的知見を絶対視せず、より将来を見通した判断をすることだったのでしょう。また、地震学や原子力平和利用の学問さらには医学を含む科学全体がまだ発展途上の段階にあることを踏まえることです。その意味で政治や経済、企業その他のリーダーとしてそうした奥行きと幅のある判断ができる人材を養成していくことが重要になっていくでしょう。
     


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     はぎたに じゅん

    Author: はぎたに じゅん
    TVコメンテーター
    法政大学法学部教授
    元朝日新聞編集委員
     政治記者、カイロ、ウィーン
     ボン特派員などを歴任
    出演番組
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